第341話 魔術師リアムの中級編五日目、宿の部屋へ

 木の板張りの廊下を進む。そこには、部屋への入り口がずらっと並んでいた。入り口の戸は引き戸となっているようだ。祐介が鍵を差し込んで開けると靴を脱ぐ場所があり、その目の前にはこれは紙だろうか、不思議な素材の戸があった。


「祐介、この戸は何という物だ?」


 リアムが靴を脱ぎスリッパに履き替えながら尋ねると、祐介がそうか、といった顔をして教えてくれた。


「これは襖っていう日本の伝統的な戸だよ。昨日の居酒屋で畳は見たよね? じゃあ障子もそうか、初めてか」

「ほお……」


 まだまだ知らないことが山の様にある様だ。祐介がその襖を開けると、襖の奥に広がっていたのは何とも落ち着いた雰囲気の畳張りの部屋だった。


「十畳って書いてあったけど、それより広そうだなあ」

「十畳?」

「畳十枚分てことだよ」

「おお」


 祐介に促されて部屋の中に入ると、畳の真ん中に大きな四角い木の重厚なテーブル。その周りには座り心地の良さそうな物が置いてある。


「祐介、これは?」

「これは座布団といいます」


 座布団。聞き覚えがある。どこで聞いたのだったか、とリアムが記憶を掘り起こし、木佐ちゃんに言われたことを思い出した。


「木佐ちゃん殿が言っていた。座布団持ってきて、という言葉の意味を祐介に聞けと」

「木佐さんもそこそこ説明が面倒くさそうなことを僕に振ったな」

「面倒なことなのか?」

「いや、そういう訳じゃないんだけど、あれは実際に見た方が説明が早いもんなあ。日曜の夕方の番組だから、明日帰ってからみようか」

「うむ、頼む」


 よく分からないが、とにかくこれがその座布団という代物らしいことは分かった。


 部屋の奥には壁一面に硝子窓があり、向かって右側は窓の外に腰掛けられる様な出っ張りが付いている。その奥には下から明かりで照らされた植物が生えていた。


「ちなみにこれが縁側というものです。あ、横にドアがあるね。ここが部屋付き露天風呂って書いてあったやつかな?」


 祐介が、縁側がある場所の左側の硝子戸を開け、その奥にある扉を開いた。リアムを振り返り、手で招き寄せる。リアムが祐介の脇から中を覗くと、そこには植物であろう硬そうな物体の柵で目隠しをされた岩風呂があった。ほかほかと気持ちよさそうな湯気を立てている。


「おお!」


 リアムの声が弾むと、祐介は満足そうな笑顔で説明を始めた。


「大浴場と男女別の露天風呂があるから、始めはそっちで身体とか洗って、後は入りたい時にこっちに浸かるとかでもいいと思うよ」

「成程、まだこれとは別にあるのか!」


 とんでもない設備だ。リアムはわくわくした。


 すると、トントン、と入り口の戸を叩く音がした。


「あ、はーい!」


 祐介がいい返事をすると、外から入ってきたのは民族衣装の様な服を着た年配の女性だった。お茶菓子を持ってきてくれたらしい。リアムは勝手が分からないので大人しく祐介にその場は任せることにした。夕食の時間や、大浴場の開いている時間等の説明をさらっとした後、祐介が中居さん、と呼んでいたその女性が尋ねた。


「貸し切り露天風呂は何時からのご使用になられますか? 今だと四時、五時のどちらかになってしまうんですが」


 祐介が、え? という顔でリアムを見た。

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