第305話 魔術師リアムの中級編五日目に現れた救世主

 凛としたハリのある声。女性的であり、その中に芯の強さを窺わせる力のある声。


「木佐ちゃん殿!?」

「おはよう、野原さん!」


 木佐ちゃんが勇ましく抱えているのは、確かあれは消火器という代物ではないか。火事の時に使うが人に向けてはならんと祐介に教わった記憶がある。


 リアムの手首を握った羽田をちらりと見ると、ポカンと口を開けていた。


「木佐ちゃん殿、それは人に向けていい物なのか?」


 噴射口を持った手を羽田に向けて構えた木佐ちゃんが言った。


「時と場合による! 今はいい時よ!」


 カン、カン、と金属の階段を木佐ちゃんが降りてくる。その後ろからひょっこりと顔を出したのは、潮崎だった。こっちに軽く会釈したので、リアムも軽く返した。が。


「え?」


 考えてみれば何故木佐ちゃんがここにいるのだ。ここに住んでいるのは祐介とリアムと潮崎だけだ。木佐ちゃんは勿論住んでいない。


「野原さん、質問は後にして! 羽田さん! 貴方はもういい加減にしなさいよ! もう我慢の限界!!」

「お、おいっちょっと待て!」


 羽田が手首の拘束を緩めた。リアムはその瞬間を逃さなかった。


「サツキちゃん!」


 血だらけで起きあがろうとしていた祐介の元に全速力で走った。


 その瞬間、木佐ちゃんが消火器を噴射した!


「うおおっちょっうべべっがああっ!!」


 口の中に泡が入ったらしい羽田が尻餅を突くと、四つん這いで逃げ始めた。だが木佐ちゃんの追撃は止まらない。


 リアムは祐介を支える様に、祐介の胸の中に飛び込んだ。やるなら見られていない今だ。


「ヒールライト!」


 ぽわ、と緑色の光が祐介を一瞬包むと、不安定だった祐介の目がシャッキリとしたものに戻った。


「おっ覚えてろおおおっ!!」

「おとといきやがれっていうのよ!」


 負け犬に向かって、木佐ちゃんが啖呵を切った。


「祐介、祐介、祐介!!」


 祐介の顔を覗き込む。何故視界が歪んでいるのか。これでは祐介がはっきり見えないではないか。


 すると、鼻を擦った祐介の眉が垂れ下がった。それからほわっと笑うと、言った。

 

「ごめん、泣かせちゃった」


 そう言って、指でリアムの涙を拭こうとし、自分の手が血だらけなのに気付くと手を止めた。


「はは、スプラッタ」

「祐介……!」


 リアムは祐介の止まった手を上から押さえ、自身の頬に当てた。血だらけだろうが構わない。祐介が無事でよかった。


 祐介が、リアムの頭に顎を寄せた。


「ごめん。ちっとも守れなかった」


 リアムは祐介の首に抱きついた。抱きついて、違う、違うと首を何度も何度も横に振った。


「祐介が私を守ってくれたのだ……! 謝るのは私の方だ! 咄嗟に何も呪文が出てこなくて、祐介が、祐介が……っ」


 怖かった。怖かったのは羽田ではない。


「祐介にもしものことがあったらと思うと、怖くて……」

「サツキちゃん……」


 すると。


 後ろから、遠慮がちに木佐ちゃんが言った。


「あの、すごく言いにくい雰囲気の中あえて言わせてもらうんだけど」


 何だろう? リアムが木佐ちゃんを振り返ると。


「パンツ、見えてるわよ」


 リアムのお尻を指差して、言った。

 

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