第296話 OLサツキの中級編四日目の朝食

 ふわふわになった洗濯物を畳み終えて台所に行くと、ユラが朝食の支度をしているところだった。ベーコンが焼ける様な美味しそうな匂いがする。匂いに釣られて釜戸の前までふらふらと行くと、フライパンに美味しそうな肉とピンク色の玉子で出来た目玉焼きがジュウジュウと美味しそうな音を立てていた。


「旨そうだろ? 親子焼きだぞ」

「鳥?」

「いや。トビウサギだ」

「トビウサギ……」


 また一つ謎の生命体が出て来た。


「ピンク色の羽根が生えた兎だよ」

「玉子生むの?」

「兎は玉子を生むもんだろうが」

「そうなんだ……」


 まだまだ覚えることは山の様にありそうだ。


「サツキ、昨日の残りのパンを切って出して」

「はい!」

「相変わらずいい返事だなあ」


 ユラがそう言って笑った。普段とろいサツキなので、返事くらいはきちんとしておきたい。それが身に染み付いてしまい、訳が分からなくてもとりあえずいい返事をついしてしまう様になってしまった。これもいいのか悪いのかよく分からない。


 サツキはパントリーから昨日のパンの残りを取り出し、まな板の上で切る。隣で調理中のユラに尋ねた。


「ユラはパンは何枚食べる?」

「太めに切ったのを二枚かな。――あ、サツキ」

「うん?」


 ユラが、振り返ったサツキの口に軽くキスを残していった。え? 何したの今? そして何故何事もなかったかの様に調理をしてるんだこの人は。


「ゆ、ユラ、今の、その、一体なにっ」


 サツキは自分の顔がボッと瞬時に火照ったのを感じた。首の後ろからおでこから頭の天辺までホカホカになってしまっている。すると、ユラが当然の様な顔をしてのたまった。


「何って、おはようの挨拶だよ。まだしてなかったし。何? サツキの世界ではおはようの挨拶はしないの?」

「いやっするけどもっこんな挨拶はしなっしなっ」

「……こっちの世界ではこれが常識なんだ」

「え? そうなの?」

「親しい間柄限定でな」


 明らかにこれはからかわれているのは分かった。だが、からかう為だけにおっさんにキスをするイケメン。どれだけ身体を張ってからかうつもりなんだろうか。


「……すぐそうやってからかう」


 思わず口を尖らせてしまった。すると、トビウサギの親子焼きを完成させたユラが調理した物を皿に移し替えると、薄く笑いながら言った。


「いいじゃねえか、俺に毎日キスされる奴なんて滅多にいないぞ」

「うっわー……イケメンの自信って怖いね」

「イケメンは認めてくれるんだな」

「イケメンパーティーでしょ」

「そりゃそうか」


 テーブルに向かい合わせで座ると、サツキは上目遣いでユラに言った。


「もうこうやってからかう為にき、キスをしたりするの止めてよね」


 するとユラが意外そうな顔をした。


「それはからかってねえよ」

「は?」

「これはお前をこの世界に繋ぎ止める手段の一つみたいだからな。俺はめないから」

「え? は?」

「ほら食おうぜ、ギルドに行かないとだろ」

「え? あ、ああ……」


 もう一個横に置いておくことが増えそうだ、と思ったサツキだった。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る