第265話 魔術師リアムの中級編四日目の飲み会会場へ

 店はチェーンの居酒屋だという。座敷と呼ばれる畳が敷かれた奥まった場所に案内された。通路は全体的に薄暗く怪しい雰囲気を醸し出しているが、ここはまさかそういった類の店なのか。


「祐介、この店は大丈夫なのか?」

「え? どういうこと?」


 リアムは小声で辺りを警戒しつつ意見を述べた。


「この怪しげな雰囲気。いかがわしい類の店ではないか?」


 すると、祐介がぷっと吹いた。


「あはは、大丈夫だよ。確かに廊下は暗いけどこれは雰囲気を出す為で、いかがわしいことなんてないから」

「そ、そうか。ならばいいが」

「でも確かに居酒屋って照明が暗い所が多いよね。何でだろう?」

「では密談は明るい場所ではしにくいからなのではないか。悪巧みの計画を立てるには打って付けの雰囲気だ」

「発想が独特だよねサツキちゃん」

「そうか?」

「楽しいから好きだけどそういうの」

「私は真面目に答えたつもりなのだが」

「うん、それがいいよね」


 祐介がリアムの背中に触れつつ座敷に入る順番を待つ。すると何を思ったか、リアムの耳元で囁き始めた。


「ちなみに、誰かが肩だろうが腕だろうが触ったらはたくんだよ。あ、僕以外ね」

「人を隙だらけの様に言うな」

「隙だらけだから言ってるんです」

「そんなことはないぞ」


 ついぶすっとして横の祐介を振り返ると、思ったよりも近い所に顔があった。途端、リアムの心臓が飛び跳ねる。


 このサツキの身体も、心の臓に何か疾患があるのではないだろうか。少し不安になった。


「……どうしたの?」

「え、いや、その」

「なに」


 祐介は相変わらず近い。沈まれ、サツキの心の臓よ。昨夜とて祐介に羽交い締めにされたまま寝たではないか。まああまりにも近すぎてまともには寝れていないが。


 そこでリアムはハッと気が付いた。そうか、これは寝不足の所為だ。きっとそうに違いない。眠いのに頑張って起きているから、それできっと心の臓が頑張って動いているに違いない。


「出来れば今夜は早く寝たい」

「うん、いつも通り突然だね」

「きっと寝不足の所為なのだ」

「何が?」

「……ええと」


 何故か言ってはならぬ気がした。祐介が困ってしまうのかもしれないと思ったのだ。祐介を困らせるのはリアムの本意ではない。今回のこの飲み会だって、そもそもは羽田がリアムに執拗に絡むから開催されたものであって、祐介は参加自体を嫌がっていたではないか。


「とにかく、今日は今日の目的を果たす為尽力致す所存」

「何かもう武士だよね」

「眠いのだ」

「まあ、可愛いけど」

「可愛い? サツキがか?」

「中身が」


 四十路超えのおっさん魔術師に向かって可愛いなどとよく言えるものだ、そう思い本来であれば憤慨すると思うのだが。


 祐介に言われる分には悪くない。


 そう思ってしまったリアムだった。

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