第229話 魔術師リアムの中級編三日目の始業前

 いきなり祐介が現れた所為だろう、明らかに木佐ちゃんが驚き、びくっとしていた。


「あ、お、おはよう山岸くん。に、野原さんもね。毎日一緒に出社してたの?」

「ええ、隣の家ですし、朝ごはんも一緒に食べてますから」


 祐介が鞄を机に置きつつ、完璧なまでのにっこり笑顔を作って木佐ちゃんに答えた。


「木佐さん、今日は早いですね。どうかされたんですか?」


 そして容赦なくぐいぐい聞いていく。さすがだ祐介、その調子でどんどん聞き出すのだ。


「え、いや、別に」


 返す木佐ちゃんの言葉は明らかに詰まり気味だ。怪しい。今朝潮崎と待ち合わせをしていたのかどうか、何故早く出社しているのかを問いただそうとしたその時。


 ドカン! と大きな音を立てて机に鞄を叩きつけた者がいた。羽田だ。羽田はギロリと向かいの席にいる潮崎を睨みつけると、低い声で脅す様に言った。


「潮崎、お前またチクったな」

「ああ、社長からの早朝呼び出しですか」


 潮崎はひょろひょろなので頼りなさげに見えるが、受け答えはとてもしゃきっとしていて力強い。羽田の恐ろしげな雰囲気にも一切臆することなく、普通に返せるのはさすがは年長者か。


「やっぱりお前だったんだな! いい加減にしろよ!」


 バン! と机を叩くと、木佐ちゃんがまたびくっと身体を震わせた。可哀想に。


「そういうのを止めろって昨日言われたばかりでしょうが。その挙げ句山岸くんを殴ったんだから、警察呼ばれなかっただけマシだと思って下さいよ。あんたあれ傷害罪で訴えられたら通りますよ」

「んだよ! 同じ会社の同僚を脅すのかよ!」

「脅してるのはどっちですか?」


 既に久住社長に注意を受けてきたのだろう、羽田は今度は上役である久住社長の文句を言い始めた。


「あいつもここのところ俺に逆らう様になってきやがって……昔の恩も忘れてんのか」


 おや、どうもこの羽田という男は、自分の雇い主よりも自分の方が立場が上だと思っているらしい。


「あいつって、社長のことですか? 駄目ですよ、若い社員の前でトップの悪口を言っちゃあ」

「若い社員? ああ、あの俺からサツキちゃんを奪ったクソガキのことか? あ、サツキちゃんおはよー!」


 リアムは固まった。あれだけ騒ぎ、リアムに足払いにされ、更には祐介を殴った男が言うセリフだろうか。何よりもあのリアムを見る目。


「ゆ、祐介」


 思わず祐介を探した。羽田がリアムを見る目は、完全に獲物を狙う者の目だった。まるでダンジョンのモンスターの様な、いやそれ以上におぞましい。


 祐介が、まだ席に着く前だったリアムを庇う様に引っ張って入り口の磨りガラスの奥へと連れて行った。


「何だ、会社の先輩に挨拶もなしー? サッツキちゃーん!?」


 怖かった。名を馳せた魔術師のリアムともあろうものが、恐怖で言葉を失ってしまった。思わず祐介を頼ってしまった。


 だがリアムははっとした。このままでは昨日の繰り返しだ。リアムは祐介のスーツを掴んだ。


「行ってはならん」


 怒気を発していた祐介が振り返った。

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