第204話 OLサツキの中級編二日目、春祭りの薬酒

 まだ合図の花火が上がったばかりだからだろうか、昨日は混雑していた薬酒を配る場所には大して人がいなかった。


「アン・ビンデル・フィン!」


 一応辺りを見回してから解除の呪文を唱えると、ユラは抱えていたラムを降ろした。ラムも場所を覚えているのか、少し警戒している風だ。


「ラムちゃん、今日はユラがいるけど、でも離れないでね」


 こくこくとラムが頷くと、サツキの手を握った。心がじんわりと暖かくなる。堪らなく可愛かった。昨日の黒い服の男は、こんな子を拐おうとしたのだ。次にもし会ったら今度は躊躇せず燃やそう。我ながら恐ろしい考えが頭をよぎった。


 配布の列に並ぶと、すぐに順が回ってきた。ローブを深々と被った怪しい雰囲気の人が、そこそこ大きなグラスに柄杓ひしゃくの様な物で並々と樽から酒を掬い入れていく。


「ご縁があります様に」

「どうも」


 ユラは表情を一切変えず二つ受け取ると、一つをサツキに渡した。今にも溢れそうだ。わたわたとサツキがしていると、ユラがクスリと笑った。この人のこの笑い方は、サツキは割と好きだった。クールビューティーが時折見せる笑顔は、基本誰だって好物だと思う。眼福というやつだ。


「じゃあまあ、乾杯」

「うん、乾杯」


 軽くグラスを合わせ、グラスに口をつけた。仄かに香るジャスミンの様な花の香りと、少し薬っぽい苦味のある匂い。それがシュワシュワの炭酸から弾け出てくる。


 感想としては、甘くないライチジュースみたい、だった。


「美味しいね。好きかも」


 サツキがユラを見上げると、ユラが微笑んで言った。

「俺も好きだな」


 こんな無防備な笑顔は珍しい。


「甘くなくていいね」

「そうだな。きっと甘過ぎない位が丁度いいのかも」

「甘いと飲み過ぎちゃいそうだもんね」

「甘々も時にはいいかもしれないけど」


 そう言うと、ユラは実に美味しそうにふた口目を口に含んで嚥下した。ゴク、といい音がする。喉が色気たっぷりで、思わず目を逸らした。


「サツキも飲みなよ」

「あ、うん」


 言われるがまま、ふた口目を飲む。やはり元がリアムの身体だからか、そこまで酔った感じはしない。


「サツキ」

「ん?」

「昨日は何でドレス着ようと思ったんだ?」


 まさかそんな質問がユラの口から出てくるとは思ってもいなかった。


「え? ええと……着ていいよって言われた時は、笑われたらどうしようって思って着れなかったから、だから思い出に着てみようかなって。ラムも着たがってたし」

「誰が笑うんだ?」

「え? いや、その、周りの人が、笑うんじゃないかなー、と……」


 ユラが顔を近付け、サツキの顔をまじまじと覗き込んだ。


「笑わないよ」

「いや、今じゃなくて、もっと前の話で」

「笑う奴は燃やせばいいんだ」

「過激発言」


 思わずつっこみを入れた。あ、ユラにもつっこめた。祝、ユラへ初つっこみ。


 というか、近過ぎないか?


「あのー、ユラ? どうしたの?」


 すると、ユラはくすくすと実に楽しそうに笑い始めた。何だ何だ、どうした。


「それを飲んだら教えてあげるよ。ほら、もう一度乾杯」

「? 乾杯……」


 サツキは首を傾げながらも、グラスに口をつけた。

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