第203話 魔術師リアムの中級編二日目の仕事終了

 言葉通り、潮崎は四階の社長室へと向かうと、その後は暫く戻って来なかった。


 キーボードを叩く猛スピードは変わらないまま、木佐ちゃんは時折入り口の方を気にしている。


「木佐ちゃん殿? どうされた」

「あ、ううん、別に。……次の説明しましょうか」

「よろしく頼む」


 木佐ちゃんの指示も説明もとても的確でリアムには分かり易いものだったが、潮崎が出て行ってからはその精度が明らかに落ちた。心ここに在らずといったていである。


「あの、木佐ちゃん殿?」

「えっあっはい!」


 明らかにおかしい。


「……潮崎さんが気になるのか?」


 木佐ちゃんが、木佐ちゃんらしからぬ上目遣いでリアムを見た。恐ろしく可愛いではないか。シャキッとしている人がたまに見せる意外な部分。思わず見惚れていると、斜め向かいから咳払いが聞こえた。


 顔を向けると、祐介がむすっとしてこちらを見ていた。


 カチャカチャ、と祐介がキーボードを叩くと、暫くの後メールがピコン、と届いた。リアムがメールを開くと、ひと言書いてあった。


『見過ぎ』


 お前は仕事に集中しろ、そう書こうかと思ったが、頬に少し残る痣を見て考え直した。祐介に今必要なのは祐介に対する褒め言葉だ。


『祐介が一番だ』


 送信ボタンを押す。リアムにとって、一番親身になり面倒を見てくれている祐介は、一番頑張っていると思えたからだ。


 リアムからのメールを確認した祐介は。


 低いパーテーションの向こうに顔を赤くしながら沈んで行った。褒められて嬉しくなったに違いない。


 さて、木佐ちゃんだ。


「木佐ちゃん殿?」


 リアムがもう一度尋ねると、木佐ちゃんがようやく口を開いた。


「いやね、私がけしかけちゃった形になっちゃったから、悪いな、と気になって」

「なんと……貴女は本当に心優しい思いやりのある方なのだな」


 また斜め向かいから咳払いが聞こえた。今回は無視することにした。


「そこまで気になるなら、戻られたら声を掛けられたら如何だろうか? そこは謝罪よりも、感謝の意を伝えた方が、努力の甲斐もあるというものだろう」

「感謝の意……」


 木佐ちゃんは壁にかけられた時計をチラリと見た。時刻はもうすぐ六時。勤務終了時間になる。


「……待ってようかな?」

「あまり遅くならぬ様に」

「ん、野原さんは先帰っていいから」

「かたじけない」


 そこまで話し、ようやく祐介の方を見ると。


 先程の咳払いは何処へやら、頬杖をついてにこにこと笑う祐介がそこにはいた。


 頬に微かに残る痣が痛々しい。リアムはメールを打ち始めた。


『後でもう一度治す』


 送信ボタンを押す。祐介は待機している様だ。メールが届いたのだろう、カチカチッとマウスをクリックする音がした後、カチャカチャッとキーボードを再び叩く音がし。


 メールには、こう書いてあった。


『ありがとう。本当に嬉しいです』


 祐介と目が合った。こいつはいつでもリアムが欲しいと思う感情をくれる。だからリアムも、いつもにこにこしてリアムを受け入れてくれている祐介に対し、でき得る限り最大限の笑顔を返したのだった。

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