第180話 OLサツキの中級編初日の春祭り散策、猫になる

 サツキは必死で走る。でもこのラムの姿ではすぐ追いつかれる。後ろを振り返ると、男がすぐ近くに迫っていて、遠くにユラの姿が見えた。


 ラムでは駄目だ、もっと足の早い、誰だ。


 何故か思考がうまくまとまらない。ふわふわとした中に浮いている様な感覚だ。モンスターのラムの姿を取っているからだろうか。


 ふと、昔飼っていた黒猫のミイのことを思い出した。大好きだったけど、ある日突然いなくなってしまってそれっきり。泣いて泣いて、中身のないお墓を父と掘った。


 ラムは喋れない。でも心の中で唱えれば、きっといける。


『メタモラ! ミイ!』


 途端、身体が軽くなった。黒い毛が生える。ミイになったのだ。早い、これなら逃げられる。


 ――誰から? 誰から逃げてたっけ?


 分からなくなって、足が止まる。目の前は袋小路。高い壁。黒い大きな影がこちらに迫る。


「魔術師のお嬢ちゃん、元に戻って続きを楽しもうよ」


 怖い。この人間は何か怖い。


「サツキ!! お前……馬鹿!」


 黒い男の後ろから、金色と白の人間が手に黒い服と透明のキラキラしたのを抱えて走ってきた。何か怒ってる。


「人間以外になると、早くしねえと戻れなくなるぞ!」

「あれ? あんたさっきのモンスターじゃない?」


 黒い男が首を傾げる。金色と白の方の男が、黒の方を睨みつけた。


「失せろナンパ野郎」

「あー、化けられた本物の方か。残念」

「早く消えろよ」

「やだね。その子可愛いし、拐っていく」

「……はあ?」


 金色と白の男から、何かがブチッと切れる様な音がした気がする。


「サツキ、いい子だからそこで待ってろ。すぐ終わるから」


 さっきは怒ってたけど、今は優しい笑顔になった。この人、知ってるかもしれない。多分、怖くない人だ。サツキのこと、きっと守ってくれようとしてるんだ。


「お前あれだろ? その格好でドラゴンスレイヤーの魔術師と知り合いってことは、へっぽこ僧侶だろ?」

「へっぽこ言うな、クソ野郎」


 金色と白の男が持っていた物を床に置くと、何やら唱え始めた。


「リ・ヴェルソ!」

「……ちっ速度を上げてきたか!」

「ギガンテス!」

「……えっ」


 金色と白の男が大きくなった。


「アグレッサ!」

「おいっまじかよ! 更に強化魔法って殺す気か!」


「悪いけど俺は戦士じゃないからな」


 そう言うと、金色と白の男は物凄いスピードで黒い男に襲いかかり、頭を掴み腹に一発。瞬時に背後を取るとそのまま蹴飛ばした。黒い男が物凄い勢いでどこかへと飛んでいき、見えなくなった。


「――フィン」


 金色と白の男が元の大きさに戻った。ぼうっとして見ていたサツキの前にしゃがみ込み、手を伸ばしてくる。ちょっと怖いから後ろに下がる。


「サツキ、怖くないから。早くしないと戻れなくなるぞ。これってあれか、メタモラだよな? いつの間に覚えたんだか……」


 ゆっくりと、手に抱き上げられた。頭を撫でられる。


「サツキ、心の中で、『メタモラ・野原サツキ』だ。多分あと一回分は魔力残ってるから」


 ――メタモラ・野原サツキ?


 すると。


 サツキは、黒かった毛だらけの手が、人間の手に変わるのを見、そして気を失った。

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