第179話 魔術師リアムの中級編初日の夜

 リアムが服を全て着用した上で頭にタオルを巻き風呂を出ると、祐介が床で腕立て伏せをしていた。


「おお、こういう時間にやっているのか」


 何だか毎日疲れてしまい、ろくに筋トレなど行なっていない。祐介を是非見習いたいものだ。


 祐介が筋トレを終了させると、立ち上がって爽やかに笑った。


「隙間時間にやらないと、すぐなまるからね」

「昨日は結局腹筋もしていない」

「そうだったね。裸見て全部吹っ飛んじゃってた、あはは」

「は、はは」


 笑うしかない。しかもあれはリアムの所為だ。


「よし! 今日はやるぞ!」

「頑張って」


 二人で祐介宅に移動しつつ話す。


「今日はね、すぐ食べたいかと思って、後は焼いたら出来上がりの焼うどん! と味噌汁」

「味噌汁、好きだな」

「日本人の心ですから」


 リアムは調理場に立つ祐介の作業を見守る。既に炒めてあった豚肉と野菜の炒めたものを、バターで炒めたうどんに足して醤油とソースを和え、卵を上に割り入れた。少しして玉子が固まってきたところで全体に混ぜ、皿に乗せた後に刻み海苔を振りかける。美味しそうな匂いが漂った。


「祐介の作る飯はいつも美味いからな」

「へへ。はい、いただきます」

「いただきます!」


 至福のひと口目。毎回誰かと食べるご飯。孤独でないことの、何と幸せなことか。


「祐介、私は贅沢者だな」

「何いきなり」

「幸せだと言うことだ」

「……これ何かのフラグかな」

「ん? どうした?」

「何でもありません」


 祐介は笑顔だ。この笑顔は時折ひやっとする程怖い時もあるが、大体においてリアムにとって安心するものだ。


 微笑ましい気持ちで祐介を眺めつつ食を進めていると、祐介の口元に刻み海苔が付いている。


「祐介、海苔が付いているぞ」

「え、どこ」

「そこじゃない、もっと下だ。違う、そこじゃなくて、ああもう!」


 我慢出来なくなり、リアムが祐介の口の端に手を伸ばして取ってやる。なかなか取れない。夜になり、祐介の髭が少し伸びているのに気付いた。こいつは男なのだな、唐突にそう思った。


「取れた!」

「ありがとう」


 祐介が言う。さてこの海苔はどうすべきか。すると。


「お……」


 リアムの手を掴んだかと思うと、祐介が指先を口に含んだ。いかん、それは何か拙いぞ祐介。


 舌が指に触れ、海苔が取れたのが分かった。祐介が口を離し、手を離し。


「海苔も日本人の心」


 とにっこりと笑い、何事もなかったかの様に味噌汁を飲み始めた。


 リアムが固まっていると、心配そうな顔をしてのたまった。


「焼うどん冷めちゃうよ」


 恐るべし天然、祐介。


「う、うむ」


 思わぬ接触に、思わず心臓が強く鼓動するのを抑えられないリアムであった。

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