第92話 OLサツキ、初級編二日目の昼

 フリーズの魔法を解かれ動ける様になったユラは、重いアルバ蜥蜴を片手ずつ掴み、ずるずると引っ張っていた。


 このフロアには簡易焚き火コーナーと宿泊コーナーの二箇所の安全地帯があり、ユラの地図で確認したところ簡易焚き火コーナーがすぐそこだった為、一行はそこに向かっていた。


「お、俺、ゼーハー、頭脳派なのに、ゼーハー」


 今日の昼飯はアルバ蜥蜴だ。七色の見た目はえぐいが、硬い皮を取ると中には瑞々しい肉があるという。


 サツキはユラに向かって杖を構えたままだ。逃げようとでもしたらまたフリーズを掛けてやろうと思っている。それ位、腹が立っていた。


「サツキって切れると怖いのね」


 楽しそうにウルスラが笑う。焚き火スペースが見え、アールはスライム達と走って競争していた。わざとゆっくり走ってあげるあたり、アールもいいところがある様だ。


「えへ、実は人にこんなに怒ったの、初めてかもしれない」

「怒ったこと、ゼーハー、ないってどういう環境?」


 汗だくのユラが尋ねる。少し憐れに思えてきたが、あと僅かな距離だし、仲間に手助けしなかったのはユラだ。しかも笑って見ていた。このペナルティは完遂してもらおう、サツキは仏心を抑え込んだ。


「どういうって……何か、言っちゃいけないと思ってたからかな」


 嫌だなと思ったら、笑いながら身体を引くと、とりあえず怒られることはなかった。


 学生時代、明らかにわざと胸を触ってきた先生に抵抗を示したら、つけ上がるんじゃねえ、誰もお前なんか触ってないと罵倒されたことがあったのだ。


 周りは、それを見ているだけだった。


 嫌な思いをさせられ、更に怒鳴られる。それは屈辱以外の何物でもなかった。だから自分の心を守る為に、笑いながら引くことを覚えたのだ。


「怒られるのが怖くて」

「サツキ……」


 ウルスラが悲しそうな表情になった。途端、サツキの胸がズキンと痛む。


「で、でも、今回はちゃんと怒ったよ!」

「サツキ。これからはどんどん怒っていいんだからね!」

「うん! ありがとう!」

「杖で狙われてる俺のこと忘れてない?」

「自分の行ないの所為でしょうが」

「くっそー」


 焚き火まで到着すると、ユラがアルバ蜥蜴を地面に投げ、自分も大の字になって寝転んだ。息が弾んでいる。


「ほら、解体して」


 ウルスラは容赦がない。アールはスライムと戯れている。サツキは笑顔で仲間の様子を見守った。


 そしてふいに理解した。何故自分に怒ることが出来たのか、その理由を。


 アールはともかく、ウルスラにされたからだ。初めて心を許せる友達だと思えたウルスラに、酷いことをしたからだ。


 これまで親友なんていなかった。だから分かってなかったのだ。


 大切な人に嫌なことをされたら、笑って誤魔化すことなんて出来ないんだ。


 サツキの中で、ウルスラは大切な人になっていた。

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