第93話 魔術師リアム、初級編二日目午後の特訓

 今日は、ひらがなの練習だけでかなりの時間を取られてしまった。読めはしても書くのは難しく、これは鍛錬が必要そうだった。


 だが、今日のノルマは達成だ。


 リアムは笑顔になり、ベッドに横になり本を読んでいた祐介を振り返る。


 祐介は始め、ずっと横でリアムが練習をするのを見てくれていたのだが、じっと見られているのもこそばゆい。そこで今日は寛ぎ、昨晩のことがない様にと言ったのだ。


 言った途端、祐介の目は泳ぎ始めた。あれの後、リアムがボタンの跡に触れ、何だか大変なことになりかけたのを思い出し、リアムの目も泳いでしまった。


 微妙な雰囲気になり、祐介が無理矢理話題を変えて見せてくれたのは、例の祐介の愛読書。表紙を見ると、男の足が二本、水の中から突き出ていた。


 うん、よく分からぬ。祐介がよく分からぬ。


 リアムは笑顔を作ると、ひらがなの練習を再開したのだ。


 だがそれも今日はこれで終了だ。


「見よ、祐介! 祐介への手紙第一号だ!」

「出来た? 見せて見せて」


 祐介がリアムから手紙を受け取ると、声に出して読み始める。


「『ゆうすけえ』。あ、へとえの説明してなかった……『きのうのえいがわたのしかった。たいさのこどくがせつないはなしだった。りあむ』……え、感情移入あれにしたの?」


 リアムはこくこくと頷いた。


「信頼できる仲間もおらず、家訓を守り再び返り咲こうという崇高な思いにその孤独。その心の穴埋めを女子おなごにさせようとしたのが敗因の様だったが、あれは男の浪漫だ、祐介」

「何だか違う話に……ま、いいか」

「もう夕刻だ。そろそろ買い物に行こう、祐介」

「うん、そうしよっか」


 二人は連れ立ってスーパーへと向かう。昨日は訳が分からず興奮気味だったリアムだが、今日はもう少し落ち着いて品を見て見たかった。


 それに、お金も手元にある。祐介ばかりに出させるのは問題だろうし。


「祐介」

「ん?」


 手で繋がれた隣の祐介の表情は、穏やかだ。


「私が支払いをしてみたいのだが」

「お! いいねー。じゃあやってみようか」

「任せておけ!」


 リアムの心も穏やかだ。こちらに来た当初は戸惑うばかりだったが、そこからずっと隣に祐介がいる。


「祐介」

「ん?」

「どこかに行く時は、早めに言ってくれ」

「どういうこと?」


 祐介が笑顔のままリアムを見つめる。


「私は祐介がいないと不安になってしまう様でな、だから予め心の準備が必要そうだから」

「行かない」

「へ?」


 祐介が立ち止まったので、当然の如くリアムも止まる。


「一緒にいるって言ったでしょ。サツキちゃんが嫌だって言わない限りは、ずっと隣にいるから」


 リアムは戸惑った。そういう意味ではなかったのだが。


「いや、あの、仕事や帰省などでどこかに行く日もあるだろうとな、そう思ってだったのだが……」


 つい顔が赤くなってしまったリアムだったが。


 祐介も負けず劣らず赤くなっていた。


「あ……僕、勘違い? は、はは」

「いや、その、嬉しいぞ」

「ふふ」

「あはは」


 差す夕日が赤くてよかった。心から思ったリアムだった。

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