第89話 魔術師リアム、初級編二日目の昼
携帯電話の使用方法の説明をざっと受け、電話の概念及び使い方、メールの使い方を教わった。インターネットなるものはまだ早いということで使用を禁止された。どうも、ポチポチやっていると詐欺に引っかかることがある恐ろしいものらしい。
銀行のATMなる紙幣引き出し装置も挑戦してみた。暗証番号は合っていたが、次々と質問してくる画面にリアムは軽く混乱状態に陥り、祐介が優しく一つ一つ説明してくれなければ、カードも取り出せぬまま逃げ出すところだった。
「老人とかよくこういう場面見るよね」
と祐介が呟いていた。リアムは老人か、そう思ったが、だがこういった装置に対する知識レベルは恐らくリアムの方が下である。
昼は、また駅前の商店街に来た。
「さくさく行きたいから、今日は牛丼にしようよ」
「よく分からんからそれでいい」
「ごめんて。そう凹まないでよ」
「いや……祐介は正しい」
「飲み込み早いんだから大丈夫だって。言い過ぎました。ごめん。ね?」
祐介が困った様に笑うので、リアムは正直まだ凹んでいたが頷いた。確かにいつまでも凹んでばかりいても仕方ない。魔術師に必要なのは探究心である。
駅前の牛丼屋で二人牛丼を掻っ込むと、次いで本屋へと向かう。この所狭しと並べられた紙の匂い。リアムの大好きな匂いだ。
すう、と鼻で息を吸うと、祐介がふふ、と笑った。
「本が好き?」
「大好物だ」
リアムのいた世界の本よりもかなり配色が派手だが、それでもインクと紙の匂いは共通している。リアムが嬉しそうにキョロキョロと見回していると、祐介が繋いでいる手を引っ張ってとある一角に誘導した。可愛らしい絵が描かれた表紙の本が並ぶ。児童書であろう。
「読める?」
「ざっと見た所、読めないのはなさそうだな」
「じゃあやっぱり読むのは問題ないか。そうしたら、何か小説買っていこうか。初めてのひらがなと初めてのカタカナは必須でしょ、漢字はとりあえず一年生からかな。ドリル買えばいっか」
リアムにはちんぷんかんぷんだ。ひらがなとカタカナの定義すら分からないのだから仕方ないだろう。なので祐介に任せることにした。
「あ、小説はね、うちにあるやつ貸してあげるよ。僕の愛読書」
にこにこと祐介が言うので、リアムは頷いた。そういえばこの男の趣味などはどういったものなのだろうか。これまでリアムは自分のことで精一杯で、祐介のことなど全く知ろうとしていなかったことに今になって気が付いた。これ程親身になって世話をしてくれる相手に、我ながら酷い所業である。
これが四十路になっても所帯を持てなかった原因の一つかもしれない。リアムは反省した。
本を買うと、二人手を繋ぎ家路に着く。
「祐介、私はこれまで自分のことばかりだった」
「どうしたの急に」
「反省したのだ。これから私は、沢山祐介のことを知っていくぞ!」
胸の前でぐ、と拳を一つ握り締め宣言する。
「……是非」
祐介がこそばゆそうに笑った。
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