第35話 魔術師リアム、努力を放棄する
風呂上がりの温まった身体に、祐介の手はひんやりと冷たく感じた。背中に触れたそれの所為で、思わずブルッと身体を震わせた。祐介の動きが止まる。
「済まぬ」
「いや、大丈夫。えーと、付けるから」
「頼む」
「任せて下さい」
コホン、と咳払いした祐介が、一つひとつ丁寧にホックを掛けていく。その度に締め付けられていく胸。動く際に邪魔にならぬ為に必要な道具であることは理解していたが、こうも苦しいとなかなかに抵抗があった。
「出来たよ」
「おお、済まなかったな。……ん?」
「今度は何?」
ボソボソと背後で祐介が話す。どうしたのだろうか。元気がないようだ。
「どうも昨日と違って納まりが悪い気がする」
「えー……よく分かんないけど、横から寄せたりするんじゃない?」
「成程、それだ」
リアムはブラジャーの横に手を入れると、前へと肉を移動させる様に寄せてみた。前の下の部分も少し挟まってしまっていたので、上から引き上げる。紐を両手で揺すり、ついでにジャンプしてみて安定度を確認した。
「よし」
そういえば下着姿で出てきてしまっていた。リアムは風呂場へと戻ると服を取り、暑いので廊下で服を着た。今日は外に出るから、ということでジーンズなる青い分厚い素材のズボンに半袖の黒のTシャツを選んだのは祐介だ。髪の毛をタオルで包み、祐介を振り返った。
「どうした?」
「うん、ちょっと」
祐介はサツキのベッド前にぺたりと座り込み、ベッドに顔を突っ伏していた。リアムはベッドに腰掛けると、祐介の前髪を掬って顔を覗き見た。
「具合でも悪いのか? 毎晩あんな時間まで働いているとその内倒れてしまうぞ、自重しろ」
「……具合は悪くありません」
「そうか? では腹が減ったか?」
「色々飢えてます」
「そうか。あの冷蔵庫なる物を見てみたのだが、見事に何も入っていなくてな、私もそろそろ腹が減ってきたところだ」
祐介が恨めしそうな目でリアムを見上げた。
「何だ」
「……いいえ。あのさ、ドライヤーの使い方と、後は洗濯機の使い方を教えるから、その後朝ごはん食べに行こうか」
「行く」
即答した。どうもこの身体は魔力が空になると急激に腹を空かす様で、胃がキリキリと痛む程腹が減って来ていたのだ。
「じゃあまずドライヤーからね」
祐介が辺りを見回し、風呂場近くの壁に掛けてあるピンク色の物体を取ってみせた。くるくる巻いてあった紐を解く。
「これ断線するから巻かない方がいいよ」
「断線?」
「あー、うん。その内説明する」
祐介が手招きする。廊下の足元にあるコンセントなる物に金属を突っ込み、カチカチ、とスイッチを上に押し上げると風が吹き始めた。
「おお!」
「じゃ、僕着替えてくるからその間やっててよ」
「承知した」
見様見真似でスイッチを入れる。すると。
「イタタタ! 祐介っ髪の毛が吸い込まれて痛い!」
「近付け過ぎだよ!」
「手が短いのだ!」
「ああああもおおっ!」
結局、祐介が髪の毛を乾かしてくれた。はあ、という溜息が聞こえた様な気がしたが、無視することにしたリアムだった。
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