第36話 OLサツキ、努力する

 ウルスラに手首を掴まれ、サツキは階段を転げ落ちそうになりながら降りて地下に辿り着いた。


 水場と言っていたが、地下に何があるのだろうか。


 ウルスラは腰にぶら下げていた剣をスラリと抜き、右手で構えた。さすがは見習い勇者、様になっている。


 そういえば、ウルスラスーパーカットだとか何とかくそダサい名前の技でドラゴンを倒した時に、誰かが覚醒しただの何だの言っていたのは何だったんだろうか。


 後で聞いてみよう。サツキは頷くと、杖を構えた。


 そして気が付いた。攻撃魔法など一切知らないことに。


「扉を開けたらフレイマでやっつけて!」

「ウルスラ! フレイマって何!」

「炎の魔法よ! 単体じゃなくて範囲に炎をぶつける呪文!」

「そ、それをそのトカゲにぶつければいいの?」


 ウルスラは真剣な顔で頷いた。萌黄色の瞳が爛々と輝いている。戦いが心底好きなのだろう。


「奴らは大抵群れてる。向こうに攻撃される前に焼き切っちゃいましょ!」

「こっ攻撃されるの!?」


 ウルスラがサツキを振り返った。


「奴らの吐く唾には、絶対触れちゃだめ」

「つ、唾?」


 何だろう、溶けたりとか毒があったりとかなのだろうか。どうしよう、ここには回復役のユラもいない。怪我をしたら大変だ。


「えらく、くっさいのよ」

「へ?」


 サツキが聞き返した。何だって?


 ウルスラがもう一度言った。


「臭いの。付いて即座にお湯で流せばまあまあ落ちるんだけど、服に付いたら最後、もう燃やすか埋めるしかないわ」


 どれだけ臭いのだろうか。サツキの頬が引き攣り、思わず足が一歩後ろに下がった。


 すると、ウルスラがサツキの腕をがっちりと掴んだ。


「逃げない」

「……はい」


 有無を言わせない迫力があった。


「杖を構える」

「はい、ウルスラさん!」


 言う通りに構えた。


「三、二、一で行くわよ」

「はい!」

「三、二、……一!」


 ドアを開けた瞬間、外開きな所為でウルスラは後ろに下がった。


「ちょっとおおおおっ!」

「唱える!」


 中は暗くて見えない。すると、ギラリと光る複数の明らかに爬虫類の物と思われる目に外の光が反射した。


「ぎゃああああああっっふっフレイマ!」


 杖を必死で振ると、発生した炎が広範囲に広がった。キュイイイ! と甲高い声が室内に響く。


 フレイマの炎に照らされ、中にいる物の姿がサツキの目にもはっきりと見える。


 でかい。物凄くでかい大トカゲが炎に焼かれ苦しむ姿が目に入った。


「コモドドラゴン!!」

「ちがーう! ほら足りない!」

「ウルスラはドア開けただけじゃないっフレイマ! フレイマ!」


部屋が炎で真っ赤に染まる。


 最後の足掻きか、足元にヨロヨロと寄ってきた、トカゲというよりもワニサイズのそれが、ぺっと唾をサツキに向かって吐き、力尽きた。


「あ!」


 ウルスラが叫ぶが、サツキの反応は遅れてしまった。


 途端、漂う悪臭。何だろう、腐った色んな種類の食べ物に酸味をスパイスに混ぜた様なこの臭い。


「無理……!」


 へなへなと座り込むと、サツキは意識を手放した。

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