第15話 魔術師リアム、家に着く

 このサツキの身体は色々とリアムが体験したことがないことも記憶している様だ。初めて目にする箸という二本の棒を見ても、不思議とリアムは違和感なくそれが食事に使用する道具だということを理解していたのだ。


「サツキちゃん、ラーメン知らない癖に箸は普通に使えるんだね……」


 ラーメンなる料理の汁を最後の一滴まで飲み干したリアムに向かって、祐介が呆れた様に呟いた。ぷはあ、と心地よい息を吐いたリアムのことを先程からやたらと見ている。これは恐らく、本当にリアムがサツキでないのかを観察しているのだろう。


「どうやらそういった動作に関することは、この身体が記憶しているらしい」

「まあ、記憶喪失になっても何も出来なくなる訳じゃないって聞くしね。そんなもんなのかな」


 どうやら祐介は、サツキが記憶喪失となっていると勘違いしている様だ。


「大将、ご馳走様!」

「へい! まいどあり!」


 リアムが食し尽くしたのを確認すると、祐介は先に立ち上がって高い椅子に座るリアムに手を貸した。高い所からこの不安定な靴で着地するのはリアムとしても不安だったので、大人しく手を借りた。万が一転んでしまい、際どい部分が他の男に丸見えになってしまってはサツキに申し訳が立たない。


「家、本当に分からない?」


 店の外に出ると、祐介が尋ねてきた。


「しつこい」


 ひと言告げると、ふう、と溜息をつかれた。溜息をつきたいのはこちらの方だ。何故この様な胸ばかりが大きな女体に憑依し、深夜に男と手を繋いで歩かねばならない。


 早くこのわずらわしい靴も服も脱いでしまいたかった。


「それで、このサツキという女の家は一体どこなのだ?」

「……すぐそこです」


 疲れた顔で祐介が一つの長屋の様な建物を指差した。


「社宅って言っても、木造のボロアパートだけどね」


 二階建てのその建造物は、アパートというらしい。


「祐介、サツキに家族はいるのか?」

「会社はお父さんの縁故で入ったって聞いてるけど、一人暮らしだよ」

「何と! この様なか弱そうな女性が一人で暮らせる様な平和な国なのか、ここは!?」

「あ……うん、そうだね、平和かも」

「それは素晴らしい」


 リアムは深く頷いた。ウルスラも一人暮らしだと聞いていたが、彼女は強い。それに一人で生きるしかない者達が集まる女性専用の集合住宅に暮らしていた筈だ。それでも時折曲者が忍び込むというから、それに比べこの世界が如何に平和なのか、祐介のひと言でリアムは実に感動した。


「ここがサツキちゃんの家」


 祐介が、一つの薄汚い扉の前に立った。


「鍵は、これと同じ物ね」


 祐介がポケットから、銀色の鍵を取り出した。鍵の形状はリアムの世界の物と酷似しているが、形がもう少し複雑そうだ。そしてふと、疑問を持った。


「……何故、お前が同じ鍵を持っているのだ?」

「それもか……」


 祐介は小さく呟いた後、隣にある扉を指差して言った。


「だって僕んち、サツキちゃんちの隣だし」

「なんと」


 リアムは目を見張った。

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