第5話 魔術師リアムを助けた者は
手首を掴む男の手。
それを振り解く程の力すら、今リアムが憑依しているであろうこの身体には備わっていない。
「何とか弱き肉体か……」
鍛錬が足りない。腹からの声も出なければ、この大きく視界を遮る胸を支える筈の肩周りの筋肉も明らかに足りていない。
「あの、サツキちゃん? 大丈夫……な訳ないよねー」
目の前でリアムを拘束する男が、軽そうな口調でリアムを覗き込んだ。時折視線が幾度となく胸に行く。仮の肉体とはいえ、不愉快だった。
「離してもらえないか?」
「いやだって、さっき線路に飛び込もうとしてたでしょ」
「線路……? ああ、これのことか。分かった、無理には行かない」
あの奥からはドラゴンの気配はしない。リアムが頷くと、男が困った様に笑った。
「サツキちゃん、まさか記憶喪失、とか?」
「今の私は、お前の知るサツキという女とは別人だ」
「……はい?」
男が心底混乱した顔をしてみせたが、こちらも気持ちは一緒である。
リアムはきっぱりと言った。
「私は、リアムという魔術師だ。ドラゴン討伐をしにダンジョンに向かったところ、ゴブリンの大群に襲われ仲間とはぐれ、ようやく会えたと思ったところでドラゴンの炎に焼かれ」
「わー! わ! 分かった! 分かったから!」
男は周りをキョロキョロと見ながら、焦った様にリアムの言葉を遮った。
不愉快だ。
「お前は、人が話している最中に遮るなとは教わらなかったのか?」
男は焦った様にリアムの肩を抱くと、耳元で囁いた。
「サツキちゃん、話はちゃんと聞くから落ち着いて!」
「私は十分落ち着いている。お前の方が落ち着け」
リアムが呆れて返すと、男は再度辺りをキョロキョロと見回し、小さく一つ頷いた。
「と、とりあえず家に帰ろう。送っていくから。話はその後に。ね?」
言われて始めて気付く。この身体の家など知らないことに。
「お前はサツキの家を知っているのか?」
「え? あ、うん、そりゃあ借り上げの社宅だし」
意味が分からなかった。男は無理に笑顔を作っている様だが、本当に信用出来るのだろうか?
万が一この身体に手を伸ばした場合、燃やすのも辞さないが。
だが状況はよく分からないが、少なくともリアムよりはサツキのことを知っているらしいのは確かだ。
「……お前は、このサツキという女の何だ?」
この身体をサツキ本人に返した時、実は目の前のこの男が極悪人だったと分かったりしたら後味が悪い。確認しておくに越したことはないだろう。
「な、何って、会社の同僚だけど」
「お前は職場の同僚に抱きつき、家まで知っているのか?」
ギルド仲間は基本その場限りの関係だ。それから鑑みるに、この男はサツキを知り過ぎている。
怪しかった。
「……もしかして、サツキの恋人か?」
「こっいやっそんなっ!」
男が慌てて首を横にぶんぶんと振った。
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