08話.[向き合っている]
「はしゃいでいたからこうなると思ったけどさ」
ある程度のところで水着から着替えて喋っていたら結果はこれだった。
歩かせていると危なそうだったから背負って帰っているということになる。
「「あ」」
そんなときに真と遭遇してお互いに固まった。
でも、丁度よかったからこの前のことを一方的に謝罪して帰ることに。
「待ってよ」
「おう」
彼女はともかく俺は一旦実家に帰って風呂に入りたかった。
こっちは着替えを持ってきていなかったからこの短パンも濡れたわけだしな。
このまま姉のあの家に上がるわけにはいかない。
「どこかに行ってたの?」
「海だな、水着をどうしても着たかったみたいでさ」
「あ、この前のあれってそのためになんだ」
「おう、そういうことになるな」
付いてくるみたいだったから彼女を見てもらっておくことにした。
俺はその間にちゃちゃっとシャワーを浴びて戻ってくる。
柚木の兄ということもあって彼女の側にいても似たように思えた。
「竜平、柚木が気にしているからこの後莉菜を響子さんの家まで運んだら来てくれないかな」
「分かった、俺が悪いだけだから謝罪しないといけないしな――っと、ど、どうした?」
「……行ってほしくないです」
「謝罪をするために行くだけだよ、とりあえず姉貴の家に行こう」
その間に風呂に入ってもらえば姉が帰ったときにすぐに入れるから効率がいい。
いやいやと文句を言ってきていたが、こればかりはしなければならないことだからと説明して真と再度外に出る。
「仲良くできているんだね」
「少し前に比べたらそうだな、岩佐といるのは好きだし――って、そんな顔をするなよ……」
「いやだって竜平が誰かといるのが好きとか言うとは思わないから……」
「変わったんだよ、岩佐は普通にいい存在だからな」
ふぅ、玄関前でひとつ深呼吸をしてから中に入らせてもらった。
それからリビングへ、そうしたらソファに柚木が座っていたから変な間も作らずに謝らせてもらった。
ここで変に呼んでくるなどといった空白の時間ができると謝りづらいから普通に助かる。
「……海に行ったって本当ですか?」
「ああ、いまさっき行ってきた」
「……私のときは断ったのに……」
「そのときは姉貴ともまだ微妙だったからな、許してくれ」
最近は普通の姉弟みたいにやれている気がする。
あのときと違ってすっきりしているからちゃんと向き合えているというか……。
昔と違って行動を縛ってきたりもしないし、いちいち悪く捉える必要がないんだ。
あとはやっぱり岩佐の存在が大きいのかもしれない。
年下に情けないところは見せられないからあまり逃げずに済んでいるわけだ。
「ん? ということは響子さんと仲直りできたの?」
「なんなら一緒に暮らしているけどな、夏休み限定だけど」
「「えー!?」」
この兄妹は頑固だし、なによりオーバーリアクションすぎる。
ただまあ、これぐらいでもなければ俺と居続けることは不可能なんだろう。
そういえば夏休みなのに全く真のところに行こうとしないのはなんでだろうか。
いつも床に寝転んでいるからそれこそ外にはあまり出たくないのか?
元々はインドア派なのかもしれないと片付けておいた。
「え、だって、響子さんの家には莉菜もいるんだよっ?」
「ああ、そうだな」
「不味いでしょそれは……姉弟だけならいいだろうけどさ」
「んー、問題は起きていないけどな」
朝は一緒に飯を作ったりするし、洗濯だって同じようなものだ。
もちろん下着とかには触れていないから問題だって起きようがない。
姉と一緒に寝ているから寝ているときに~みたいなことにもならないし、恐らくこの先も同じような感じで緩く過ごしていくだろうから真の心配は無駄に終わる。
「それに九月までだからな」
「……まあ、響子さんがこだわっていたわけだから竜平が悪いわけじゃないか」
「あのままだと絶対に暗いままだったからな、だから九月までならってことでいまは住んでいるわけだ」
それに俺は外出癖があるから多分ストレスも与えていない。
頻度が低くなることで岩佐も姉も普通に過ごせている気がする。
夜飯とかは合わせるようにしているし、そのときも楽しく話しながら食べられているからふたりにもそういう風に思っていてもらえたらと思う。
「来たければいつでも来いよ、真と柚木なら姉貴も嬉しいだろうからさ」
「そうだね、そうさせてもらうよ」
「私も、莉菜さんと話したいから」
「あ、いまは眠たいみたいだからまた今度な」
「うん、分かってるよ」
よし、しなくちゃいけないことは終えたからそろそろ戻ろう。
ふたりも引き止めてこなかったら最近で言えば珍しく平和に終わったことになる。
「ただい――っと、ちゃんと言ってから出ただろ?」
「……寂しかった」
「ちゃんと仲直りしてきたぞ」
「……それはいいことだね、でも、行ってほしくないって言ったのに聞いてくれなかった」
「あの勢いで謝っておかないと夏休みが終わるまで仲直りできなかったからな」
そもそも外にいるのが大好きな俺がそれだけでちゃんと帰ってきたことを褒めてもらいたい。
眠さに負けていたとはいえ行ってほしくないと言われていたから早く帰ってきたんだ。
俺はこれでも彼女優先で動いているつもりなんだけどな。
「むぅ」
「莉菜、とりあえず離れてくれ」
少し疲れたから昼寝をすることにする。
謝るという行為は結構体力を使うんだとよく分かった日となった。
「ん……」
「わぁ!?」
目を開けたら何故か大慌てな莉菜がいた。
体を起こして冷静に考えてみても理由が分からない。
「あ、勝手に名前で呼んでいるけどいいか?」
「う、うん、それは私が望んでいたことだし……」
携帯で確認してみたらまだ十七時ぐらいだった。
それでも俺にしては珍しく長く寝てしまったことになる。
このままだらだらしておくのは違うからたまには飯を作ることにした。
作り終えたら食べるのではなく散歩に出かけることに。
「夕方に歩くのもいいね」
「先に食べるのは違うからな」
「だよね、ひとりで食べるのは寂しいから絶対にそうしたくないよ」
なんとなく横を歩いている莉菜を見た。
……自惚れではなく俺のことを気にしている気がする。
兄というわけではないんだし、寂しかったからといって抱きついたりしないだろう。
あれか、ひとり寂しいところに暇人とはいえ相手をしてくれたからなのか?
俺ができたのは相手をすることと、買い物に付き合ったことぐらいだけ。
それだけで気になってしまうのは少し、その、心配になるところだ。
もし話しかけたのが変な奴だったらいま頃酷い目に遭っていたかもしれない。
まあ俺も変な奴だけど暴力を振るったりやばいことをするわけではないからな。
「莉菜、俺の勘違いならあれなんだけどさ」
「うん?」
「もしかして俺のこと気にしてるか?」
「え」
足を止めたからこちらも止める。
顔を見てみたらなんとも言えない感じだった。
なに言ってんだこいつという顔にも見えるし、やってしまったみたいな顔にも見える。
「な、なんの話ですか?」
「勘違いなら俺が恥ずかしかったという話で終わるからそれでいい」
彼女といられればいいからそこまで欲深い感じではなかった。
いつまで過ごすのかは知らないが、あの家に住み続ける限りは様子の確認もしやすいし。
結局真が好きだったとか他の男が好きだったとか言われてもそれは仕方がないと片付けられるから安心してほしい。
「……気になっているというか、好きじゃなかったら触れたりしないけど」
「そうか、それはありがたいことだな」
まあなんでとかそういう細かいことは気にしないでおこう。
こう言ってくれている内はそういうものだと考えて向き合えばいい。
「俺は分かりやすく行動してくれる人間の方が好きだからな、そういう点では莉菜は分かりやすい方だったかもしれない」
「五月ぐらいからずっとあそこで過ごしていたのは知っていたけど勇気が出なかったんだ、だけど真先輩から色々聞いていたから絶対に大丈夫って勇気を振り絞った感じになるかな。ただ、最初から敬語を忘れちゃうというミスもしたけど怒らなかったからさ」
「敬語のままだったら仲良くなろうとしなかったかもしれないからナイス判断だったな」
年下としては難しいかもしれないが、俺がいいと言っているんだから敬語はやめてほしい。
敬語を使ってもらえる資格がないとか卑下しているわけではなく、堅苦しいから嫌になってくるんだ。
それに本音も分かりづらいから絶対にタメ口の方がよかった。
「あ、そういえばもう苦手じゃなくなってくれた?」
「一緒にいるのは好きだって俺は言ったはずだけどな」
「そもそも私が苦手だって言われるのは分からないな、生意気とかはよく言われるけどさ」
「まあもう忘れてくれ、一緒にいたいと思っているんだから。あ」
「うん?」
真のことについて全部説明しておく。
そうしたらなんかうへえという感じの顔で見られてしまったが。
「あ、だから水着もあんなに一生懸命選んでくれたんだ」
「おう、年上らしく協力しなければならないって思ったんだ」
「……普通に対応してくれるから歓迎してくれていると思っていたら、まさか真先輩といられないから来ているだけだと思われていたなんて……」
「ま、まあ、いまとなってはいられないと寂しいから許してくれ」
そこは怖がられるばかりで非モテだった過去の俺に文句を言ってほしい。
異性が来てくれるからって=として気に入られているとか思えないだろ普通。
寧ろ俺みたいな人間ならそういう思考になって当然なんだ。
「ふん」
「許してくれよ」
上手く対応できることを求めること自体がおかしい。
そういうのは真みたいな多才な奴にだけ求めるべきだ。
もしかしたら元カレがそういう奴だったのかもしれないなとなんとなくそう思った。
「……頭を撫でてくれたら許す」
「ほら、こんなこと柚木にだってしてこなかったからな」
「あとは抱きしめて――」
「できるぞ」
「うぇ……」
今日はもう風呂に入っているし、汗もほとんどかかない人間だから汚いということもない。
匂いはどうか知らないが、一緒にいてくれているということは不快なわけではないはず。
俺がこういうことを求められるようになるなんてと少し感動していた。
「誰にでもこんなことす――」
「ひゃあ!? み、耳元で話さないでっ」
「そうか」
体を離してきちんと伝えた。
色々聞いているなら俺がそういうことに縁がなかったことも知っているはずだ。
というかそこを知っていなければ一緒にいる時間を増やしてアピール的なことをしないだろうし、聞くまでもないことだろう。
「そろそろ帰るか、姉貴も帰ってくる時間だしな」
「う、うん、お腹も空いたしそうしよう」
家に着いたら既に姉がいたから食べることにした。
さっきのことを説明したら最初は驚いていた顔をしていたものの、すぐに笑みに戻して「おめでとう」と言ってくれた。
ただ、食べ終えて洗い物をしている最中に付き合っているのか? と疑問に感じもやもやとし始める。
「莉菜、俺らの関係ってもう変わったのか?」
「えっ、……受け入れてくれたわけじゃなかったんだ」
「あ、いや、なんか分かりづらかっただけだ、そんな顔をしないでくれ」
少なくとも俺はそういうつもりで莉菜に向き合っている。
しまったな、余計なことを言わなければよかった。
「許してくれ、慣れないことだから分からないんだよ」
「……私もはっきり言っていなかったと思うから、ごめん」
「謝らなくていい」
姉が出た後は莉菜に入らせて姉とゆっくり話していた。
意外と店に詳しくてどこか出かける際に役立つようなことばかりで助かる。
「あなたは一度決めたことは変えない子だから莉菜ちゃん的には安心できるでしょうね」
「んー、自分が決めたことを全部守れているわけじゃないからな、でも、そこだけはしっかりしようと思っているよ」
不安にさせなくないし、できる限り優先したいと思う。
慣れないことばかりだからどうなるのかは分からないが、少なくともその考えで行動していれば悪い方にばかり傾くということはないだろう。
間違いなく俺にとっていいことだ、モチベーションにもなるからもっと楽しくなるはずだ。
「……私も本当なら――」
「ただいまですっ」
「おかえりなさい」
……あの行為も好きの裏返しだったってことなのか?
小学生時代にいたが、そんなの逆効果だとしか言いようがない。
気になるなら、好きなら、それだったら積極的にそうなんだとアピールする方がいい。
勇気が出なかったからなのかもしれない、でも、あんなことを続けていたら嫌われるばかりで好かれることなんてないんだから。
「じっとしていなさい」
「あれ、拭けていませんでした?」
「ええ、夏でもきちんと拭いておかないと体調が悪くなってしまうから気をつけないと」
「はーい、いつもありがとうございますっ」
あれがなくて普通にアピールしてきていたなら俺は姉弟とか抜きに向き合った。
絶対にないが柚木から求められても考えたし、年の差とかは全く気にしない。
でも、もうこうなってしまったのなら意味のない話だ。
莉菜を悲しませるようなことは言いたくないし、言っても意味がないから。
「わっ、ど、どうしたんですかっ?」
「……竜平のことお願いね」
「はい、それは任せてください」
莉菜のあんな真剣な顔、初めて見た。
いつも笑顔か不安そうな顔ばかりだったから余計に印象的だった。
「って、なんかいまのは偉そうでしたね……」
「いいんだよ、普通に莉菜の方が俺よりしっかりしているからな」
「え、えー、そんなことないですよー」
おいおい、これはまた分かりやすく表情に出してくれたものだ。
でもまあ、こんな感じでいてくれている方がマシか。
それでもちゃんと言っておくことにする。
「おい、滅茶苦茶表情に出ているぞ」
「うっ、……だけど極端な思考はしませんから」
まあ事実俺よりもしっかりしていて積極的だと思うからこれでいいか。
だけどなんか気になったから髪の毛をくしゃくしゃにしておいた。
……なんかモテているような人間の気持ちになれてよかった。
この関係を維持できるようにとにかく頑張るしかない。
「ありがとな」
「うん、こっちこそありがとう」
「姉貴もだぞ」
「わ、私?」
「まあ……全部が全部俺にとって嫌なことだったわけではないからな、俺が中学生になってからは優しくしてくれていたわけだしさ」
礼を言うこともなく避けていた。
決して自業自得と片付けられるようなことではない。
俺が弱いのも確実に影響していたから申し訳ないことをしてしまったと思う。
だからまあ、これからもしっかり感謝を忘れずに生きていきたかった。
そうすれば莉菜にもずっと近くにいてもらえるかもしれないからな。
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