第34話 タマ、大好きだよ
その夜は、いつまでも眠れなかった。
どういう……意味だったんだろう、はぐらかされたのかな。
目を閉じるけれど、海斗の横顔ばかりが浮かんでくる。
「はるちゃん、大丈夫? 」
寝返りを打つだけでタマは心配してくれる。
「タマ……」
「どうしたの? 」
「眠れなくてね……」
「海斗君と何かあった? 」
「ううん、楽しかったのは本当なの」
少しずつ、まとまらない気持ちをタマに打ち明ける。
「海斗といると落ち着くの……気持ちが柔らかくなってね、胸の奥がじんわり温まるの」
「うん」
「だからいつもは海斗と会った後も楽しかったがずっと続いてるんだけど……今、すごく不安でもやもやしてる」
原因はなんだろう……やっと向き合う覚悟ができたのに、遅かったのかな。
「海斗君に何か言われた? 」
その言葉で思い出す。わざと冗談ぽく笑って視線をそらす海斗を。
「泥んこはやだな、恥ずかしいよだって……」
「ん? 」
「私言ったの。いろんな海斗をいっぱい見ていたいって……楽しく遊んで笑ってる海斗も、泥んこの海斗も……って。結構、勇気出したんだけど、海斗、目をそらして泥んこはやだなって……おどけて笑ったの、はぐらかすみたいに。ショックで次の約束も……連絡するねも言えなかった」
言い終えて自分でもびっくりした。涙が……一筋流れてくる。
「はるちゃん……」
「違うの、今までは私が向き合わずに何度も海斗を傷つけたの。だからこのぐらい」
「いいんだよ、はるちゃん」
「タマ……」
「傷ついたって、言っていいんだよ。いつも自分の心に素直でいなきゃ」
「ありがと……タマ」
優しく、タマに包まれている気がする……実体がないのに、何で抱きしめられている感じがするんだろう。
「大丈夫、大丈夫だよ。海斗君……恥ずかしかったんじゃないかな。ドキドキして、どうしていいかわからなくなっちゃったんだよ」
「そうかなぁ……」
「そうだよ、きっと海斗君もはるちゃんと同じ気持ちだよ。なんにも心配しなくて大丈夫。またはるちゃんから連絡してあげて? そしたら楽しくお話できるよ」
「ほんとに……? 」
タマといると、まるで私が子供になったみたい。
「大丈夫、タマを信じて」
優しいタマの声に胸の中のもやもやが溶けていく。心地いい眠気が落ちてきて、濡れたまぶたをゆっくり閉じた。
足の痛みで目が覚めた。
寝返りを打とうとすると痛くて重い。
「タマ……おはよう」
昨夜の自分を思い出すと恥ずかしい、ぼそっと呟いてまた布団にもぐる。
何時だろう……いつもならたまがカーテンを開けて起こしてくれるはずなのに、今日はまだ静か。
意外と明け方……なのかな、起き上がって時計を見る。
「何でついてないの? 」
画面は真っ暗で完全に消えていた。
「タマ? おーい、タマー? 」
返事がない。
こんな事、初めてだった。
「タマ!? 聞こえてる? 」
叫びながら部屋を駆け回る。
カーテンも、照明も、クローゼットも動かない。
そしてタマも。
「いつ止まったの……とりあえず修理、修理しなきゃ、えっと、今何時!? 」
パニック状態で部屋をうろうろ、着替えようとして開かないクローゼットに絶望。
タマがいない私は、着替えすら一人で出来なかった。
床にへたりと座り込んで呆然として……しばらくして落ち着きを取り戻すと端末を開く。
時刻は12時、明け方どころかもう昼間だった。ロイドショップは開いているけれど、この状態では外にも出られない。
ひとまずヘルプセンターに連絡して、遠隔操作でタマを直してもらう事にした。
「申し訳ありません。遠隔操作では限りがありますので早急に修理センターへ持ち込んでください、救急患者用コードをお伝えします……」
ひとまず動くくらいには直してもらえる……甘い考えは簡単に打ち砕かれた。家具の同期解除だけを教えてもらい、何とか着替えてロイドショップへ向かった。
偶然、ショップに入るところで水野さんに出会う。
「どうされました? 」
「タマが、タマが動かなくなっちゃって。ヘルプセンターでもだめでどうしたらいいのかわからなくて……」
「わかりました、どうぞこちらへ」
動揺していた。
すぐに修理センターのスタッフらしい人が来て、水野さんとタマと一緒に扉の向こうに消えていく。
もっと早く買い替えて新しい機械に入れてあげればよかった……水野さんからも早い方がいいって言われていたのに……後悔の波が心に押し寄せる。
「遥さん……」
水野さんの表情だけで結果が良くない事は充分わかる。
「タマは……」
「遥さん、すみません。タマさん……直らないかもしれません」
「直らないって、どこがどうなってるんですか? 前に動かなくなった時にはすぐに直ったのに……」
「前は古くなっていたケーブルを新しくしたことで直ったのですが、今回はまだ原因が掴めていません。今、分解して確認していますが……」
「私のせいです……私が早く、水野さんの言う通り買い替えを決めていれば、仕事辞めたりしなければ」
「まだ直らないと決まったわけではありません。それに……もしもの時には新たなシステムを導入すれば元の通り暮らせます」
「それじゃだめなんです! タマの代わりなんていないの、10歳からずっと……一緒にいたんです」
取り乱さずにはいられなかった。大きな声に場が静まる。水野さんにいつもの笑顔はない。
「すみません……」
「いえ、心当たりはないのですね」
「心当たり……」
「分解や異常電波を拾うような装置と一緒に使ったりしていませんか? 例えば、認定されていない電化製品を使ったり……」
水野さんの瞳が強く私を見つめる。
「そんな事していません」
私も強く見つめ返す。
「そうですよね。すみません……お客様の中には多くいらっしゃるのです。分解してしまうお客様が」
水野さんの表情から緊張が消える。
微笑んでくれるけれど、一緒に笑う余裕なんてない。
「もう一度、状況を聞いてきます。チップさえ無事ならまだ可能性はありますから」
水野さんは修理センターの奥へと消えていく。
いつもより少し厳しめの水野さん……だから買い替えを勧めたのにと呆れているかもしれない。
取り乱した事を反省しつつ、おとなしく待つ。水を飲み、外の景色で気分を紛らわすけれど、水野さんが戻ってきたのは陽が傾いて来た頃だった。
「長くお待たせしてしまい、申し訳ありません」
「いえ……それでタマは」
何かをためらうその様子で、結果が良くない事はわかる。
「本体だけでなくチップも……故障しているようです。傷などは見られませんが損傷があるようで起動しません」
チップにはタマの全てが詰まっている。
一緒に過ごしてきた時間の全てが……壊れて一晩で、なくなってしまった。
「他に直せる所とか、人とか……知りませんか」
教えてもらえるわけがない、でも助けてもらえるなら、藁でも何でもすがりたい。
「探してみます、同時にこちらでデータ復元の方法を探りたいので、タマさんをお借りできませんか」
「お願いします……」
期待できないかもしれない、でも何か一つでも希望が欲しくてタマを預けてショップを出る。
どこをどう歩いたのかわからない、でも気づいたら家の前の道まで来ていて、赤黒い夕焼けが沈んでいくのが見えた。
タマ……いないんだ。
帰っても部屋の明かりをつけて“おかえり”って迎えてくれるタマがいない。
もう一緒にいられないかもしれない……そんな現実、とても受け入れられそうにない。
「遥」
声に振り返る。
「海斗……」
どうしたのと言葉が出る前に、抱きしめられていた。
力強い腕と広い背中。
ぎゅっと……
“大丈夫だよ、タマを信じて”
そう、聴こえた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます