第26話 パーティーの夜


「ちょっと夢瑠、もうちょっと右! 違うってば、そっち左! 」

「よっし! 勝った! 」

「さすが遥。海斗君もだけど二人で組むと強いね」

「付き合ってるだけあってチームワークもばっちりだね! 」

「だから付き合ってないって! 」


 樹梨亜・夢瑠コンビと私と海斗コンビでのゲーム対決は私達の圧勝に終わった。


「海斗君、次は二人で対戦しましょう! 」


 海斗はゲームが得意らしくて、さっきから引っ張りだこ。初めてやったとか言っているけど、とてもそんなふうには見えない。


「私はちょっと休憩」

「私も何か飲もうかな」


 何か飲み物をもらおうと、キッチンに向かう樹梨亜の後を追い掛ける。


 この数日はあっという間に過ぎて、今夜は夢瑠のお帰りパーティー。乾杯の後、みんなでご飯を食べてゲームをして……海斗が馴染めるか心配だったけど、すぐに馴染んで思った以上に盛り上がっている。


 びっくりしたのは煌雅さんの対応……異性だからか私達だけの時より楽しそうに見える。


「思ったより元気そうだね」

「ん? 」

「記憶無くしたって言ってたし、この間元気なさそうだったから気になってたんだよね」

「ありがと、気遣ってくれて」


 あの時はそんな気持ちに気づかずにイライラしたけれど、樹梨亜の気持ちが嬉しい。お茶をもらってリビングに戻ると、海斗と煌雅さんが真剣に対戦している。


 不思議……私の世界に海斗がいる。


 樹梨亜や夢瑠や煌雅さんと、まるで古くから友達のようにして、ずっとこうして暮らしてきたみたいに、しっくり来てるなんて。


「遥さぁ、付き合ってないなんてあんまり否定しないほうがいいよ」

「だって本当にそんなんじゃ」

「海斗君、傷ついてるんじゃない? この間はそう見えたし、さっきだって悲しそうな顔してたよ? 」


 気付かなかった。


 恥ずかしくて、そういう時の海斗の顔……見ていなくて。


 本当にそうなのかな……海斗を眺めるけど、真剣に闘う表情からはそんな気持ち読み取れない。


「だいたい、ブーケプレゼントされてキスまでしてたのに、あれでデートじゃないなんて無理ありすぎでしょ」

「ちょっと待ってよ、キスなんて」

「してたじゃない、それとも未遂? 」

「それいつの話? 」

「とぼけないでよ、私が声掛けて中断しちゃったんでしょ? 後から煌雅に叱られたんだからね」


 この間、樹梨亜に声を掛けられた時……記憶を辿って、初めて気づく。


「あれ……そういうこと……」

「まさか遥、気づいてなかったの!? 」


 今更ながら恥ずかしくなってくる。そんなところを友達に見られていたなんて。


「大丈夫かなぁ、お姉ちゃん心配になってきちゃった」


 笑って冗談っぽく言いながらお茶を飲む樹梨亜の視線が痛い。


 心が……ぐるぐるする。


「行けっ! すごいすごい、ハルちゃん海斗君勝っちゃうよ!! 」


 夢瑠の歓声に画面を見ると、真剣に闘う煌雅さんと互角……いや、むしろスピードでは勝っているかも……やっぱり海斗も人工知能を持つロイドだから……かな。


「すご……ロイドと互角に対戦してる」


 私が思うのと同時、隣で樹梨亜が呟く。


「ゴホッゴホゴホッ!! 」

「ん!? 遥、どうした? 大丈夫? 」


 思わずドキッとして、むせてしまった。まるで見透かされたみたい……まさか、バレたりしないよね。


「ゴホッ…だいじょゴホッゴホッ……変な所に入っゴホッ! 」

「いきなりどうしたの、ほらお茶飲んで。そう、しっかりゴックンして」


 樹梨亜がゴホゴホむせる私の背中を叩きながら、お茶を手渡してくれて一気に飲み干す。


「はい、海斗君の負けですね」

「あ~ぁ、いいとこまで行ったのに」


 海斗、負けたんだ……がっかりしたような、ちょっとほっとしたような。


 水を飲み干して咳は落ち着いて、息を整えると樹梨亜も隣でほっとしてる。


「遥さんが気になっちゃいましたね。好きな人を見てしまう気持ち、わかります」

「いや、それは……えっと……遥、大丈夫? 」


 海斗が私を見て、みんなの冷やかす視線も私達に注がれる。


「うん……だ、大丈夫だから、あんま……見ないで」

「でも……苦しそうだったから」


 海斗の声がしょぼんとしたのがわかった。傷つけたかも……でも恥ずかしい……どうしていいか分からない沈黙。


「ほら、海斗君こっち来て。夢瑠、ゲーム鍛えてあげる」


 樹梨亜が気を遣って席を開けて、隣に海斗が座る。私が嫌がらないように微妙な距離を明けて。


「ごめんね……」


 考えてみれば誰だって、傷つくかもしれない。好きな子じゃなくたって。


「何で謝るの? 」


 海斗はいつもの優しい笑顔。


「海斗は……嫌じゃないの? 私なんかと付き合ってると思われて」


 目を見ては聞けなかった、少し遠くの……画面に向かう夢瑠達を見るようにして声を出す。


「嫌じゃない。そう……思われたいよ」


 わかってる、海斗は身体ごと私を見て……真剣に答えてくれてる。ここで視線を交わせばその先に、進めるかもしれない、でも……。


「うわぁぁぁん! ハルちゃん、樹梨ちゃんがいじめる~!! 」


 泣きながら駆けてくる夢瑠をよしよしと抱きとめて、海斗は我に返ったように向きを直す。


 避けてしまった……本気で向き合おうとしてくれた海斗を。


「そんなに泣かなくたっていいのに……」

「樹梨、今日は夢瑠さんのパーティーなんですからお手柔らかに」

「わかってますよ~だ、じゃあ、ゲームは一休みしてケーキでも食べよっか」


 気まずい空気を打ち消すように樹梨亜がキッチンへ。泣き止んだ夢瑠と手伝いに行って、わざと海斗から離れた。







「遥、明日仕事じゃない? 遅くなって大丈夫? 」


 ケーキを食べ終え、また対戦に熱中し始めた海斗達を見ながら、樹梨亜がこそっと気遣ってくれる。


「うん、大丈夫。明日は片付けだけなんだ」


 結局、最後まで誰にも辞める事は言えなかった。そろそろ言わなきゃ。


「ふーん……? 」


 いまいち意味がわからないという感じの樹梨亜にこっそり告げる。


「あのね、仕事辞めることにしたんだ。明日が最後」

「え!? ちょっ、ゴホッゴホッ!! 」


 今度は樹梨亜がむせて飲んでいたコーヒーがこぼれる。


「わっ! ちょっと樹梨亜大丈夫? 」

「だって遥が変な事言うから……」

「拭きましょう、火傷は? 」


 樹梨亜のピンチに、ゲームを投げ出した煌雅さんが、さっと駆けつけて素早く対処してくれる。


「さすが、煌雅さんカッコいい」

「愛する樹梨亜のピンチですから」

「ピンチって程じゃないけど……ありがと」


 樹梨亜も頬を染めて照れて、でも嬉しそう。結局、仕事の事はちゃんと話せなかったけどまた今度話すねと伝えて、パーティーはお開きになった。


 賑やかなパーティーを終えて、帰りの車は海斗と二人きり。行く時は樹梨亜や夢瑠の話で盛り上がったけど、帰りの車内は静か。


「今日はありがとう、付き合ってくれて」

「こっちこそ、連れて行ってくれてありがとう。あんな楽しかったの初めてだよ、記憶の中では」


 笑ってくれる海斗に胸がしめつけられる。海斗にもあったのかな……自分の世界。


「前の俺もこんなに幸せだったのかな」


 呟きにあの頃の横顔を思い出す。そういえば海斗の事……聞いた事なかった、思えばいつも私か仕事のことばかりで。


 幸せ……だったのかな。


「仕事の話が多かったから……ごめんね、もっと聞いておけばよかったんだけど」


 横顔を見るつもりが海斗と視線が合う。悲しそうに、寂しそうに見えるのは私だけ……かな。


「これからは時間できるからさ、海斗が通ってた大学とかも一緒に行ってみない? 友達に会えるかも、ね? 」


 口元が緩やかにあがって、微笑んでくれる。


「優しいんだね」


 呟きが聞こえた時、海斗の家に着いた。ここに来ると、どうしてもあの日の記憶が蘇る。


「ごめんね、帰り遅くなっちゃって」

「俺は大丈夫、遥も……明日、仕事なのに大丈夫? 」


 名残惜しい、もうちょっと……そう言う心がうるさい。


「私は大丈夫。仕事……辞めるから明日は片付けだけなの」


 その瞬間、海斗の大きな瞳が更に開いて驚きに満ちた表情に変わる。


「辞める? あんなに一生懸命だったのに? 」

「え……!? 」


 今度は私が驚いて海斗を見る、口に手を当てて驚いたような表情をする海斗。


「今……なんて言った? 」

「いや……今のは……」

「もしかして海斗、覚えてるの? 」

「覚えてるって何を……」

「だって今、あんなに一生懸命だったのにって言ったよね」


 海斗は黙ったままだ。


「まさか……憶えてるのに隠してるとか、そんな事ないよね」


 今まで必死に隠してきた疑いの心が悲しいくらいに膨らんでくる。


「私、どうしたらいいの? 海斗とどんな気持ちで一緒にいたらいい? 」


 何も言わない海斗に、言葉がとめどなく溢れてくる。


「私達、再会したばっかりなのにこの間だって……たまにね、本当は憶えてるんじゃないかなって。もしかして私の反応見て楽しんでる? 」

「そんなこと……」

「やっぱり秘密を隠すため? 私に人間じゃないって知られて、私が憶えてるか気になってるの? 誰にも言わないよ、でも海斗は? あなたは一体誰なの? どうして私に近付くの? 」


 畳み掛けるように責め、海斗は無表情で固まっている。


「ごめん……でも……」


 なぜか落ちてくる涙を拭いながら謝っても、車内の雰囲気は、今さら遅いと言っている。


「帰るよ……今までごめん」


 ドアがバタンと閉まる。


 あっけない最後。


 海斗がいなくなって車が走り出しても、溢れ出る涙を止めることは出来なかった。







「ごめんなさい、帰りが遅くなって」


 地下室にいると思っていた父親と鉢合わせ、海斗は慌てて頭を下げる。


「もう大人だ、気にしてない」

「何か作りますか」

「いやいい、出掛ける」

「こんな時間にですか? 」

「しばらく帰らない。留守を頼む」

「えっ! 父さんどこに……」

「研究で郊外のラボに泊まり込む事になった。病院も閉めたが薬を取りに来る患者がいたら渡してやってくれ」

「父さん! 聞きたいことが」

「帰ったら聞く、急いでいるんだ」


 玄関でのやり取り、海斗の言葉を遮り父は出て行ってしまった。


「どうなってんだよ……」


 悲痛な声は、父には届きそうにない。

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