ガタンとゴトン

Lie街

ガタンとゴトン

 その日も私は電車に揺られていた。電車の中にはたくさんの光と影が揺らめいていた。それに重なるように、老若男女がひしめいて揺られていた。

 ほとんどの車窓にカーテンがかけられていた。だから、私は扉の窓から外を見ていた。空は絵が描けそうな程にまっさらだった。陽の光は暑く、車内は涼しかった。トンネルに入ると、冷たくさえ感じられた。

 電車は時々赤子のように泣いたり、女のように叫んだりした。何となく、強姦を連想してしまって嫌だった。日常と悲劇はなるべく切り離したいのだ。

 電車はいくつかの駅で人間を吐き出した。それぞれ、笑ったり肩を小さくしたり会話しながら降りていった。

 あんなに我先にと取り合っていた座席はいつの間にかがらんとしていた。

 私の目的地はまだずっと先だった。きっと、そこに着く頃には、ほとんどの人間は吐き出されてしまうのだろう。

 私はそう思うとなんだか、この電車は次の駅からもう止まらないような気がした。しかし、車掌はそんな私の妄想を華麗に断ち切ってくれた。けれども、次の駅まではやっぱり止まらなかった。

 扉が開くとそこから陽の光が今までよりもより一層ギラギラと侵入してきた。そこからは、森と打ち捨てられた車が一台見えた。

 なぜだか、その廃車をみて私もいつかああなるような気がした。中身だけはいっちょまえにあるくせして、もう何の役にもたたない。

 どこまでが日常で、どこからが非日常なのか、私はその境界線を探っていた。

「ガタン」

「ゴトン」

 何かに話しかけられた気がした。それはきっと電車の音だった。

 規則的なようで不規則な言語で、私の肩を叩くように声をかけてきた。何となく慰められた気もした。それは、事実のようにも思えたし、全くの妄想とも捉えることが出来た。

「そうか」

 私はもうほとんど誰もいなくなった車内でただ一言だけ、そう答えた。

「ガタン」

「ゴトン」

「ゴー」

「ガタン」

「ゴトン」

「ゴー」

 電車の音は絶え間なく私に語りかけた。私はただその声に耳をすましてやった。

 山が陽の光を遮って無秩序に明滅させた。

 電車の言葉は相変わらずわからなかったが、けれども私はその音から耳を離すことは難しかった。

 もうすぐ目的地に着く。だんだんと音はスローテンポになりやがてやんだ。

「ガタン」


「ゴトン」


「ルル」



「ガタン」



「ゴトン」



「ルル」



(がたん)



(ごと)



「キィ、プシュー」


 電車は私と、幾人かの人間を吐き出して満足そうに発車した。

 私は次にここに来る電車に飛び込む幻視をみた。電車と私が接触した時、どんな音が聞こえるのだろう。ふと、そう思った。

 私はそのままの足で書店へと出向いた。

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