2話 願い事をかなえるのにも限度ってもんがある
待て、待て、待て、待て!
なんで俺がそこにいる?
アイツが俺だったら、今ここでいろんな装置をつけられて横になっている俺はなんなんだ?
落ちつけ、俺。冷静に考えろ。あれはそっくりさんだ。それ以外あるはずがない。俺は物心ついた時から施設育ちで家族はいない。だがきっと俺が知らなかっただけで、顔も知らない両親に育てられた双子の兄弟が発見されたんだ、きっと。
事実を問い質したいところだが、呼吸補助器と思われるマスク内の唇は、多少動くくらいで上手く言葉を紡げない。
身体に意識をむけてみれば感覚はあるものの、痛みが酷く動かすのがしんどかった。病院に来るまでの状態を考えれば、生きているだけでも驚きだから、これでもかなり運が良いのだとは思う。とはいえ、不自由にはかわりない。
俺の表情から状況を知りたいという想いを読み取ったのだろう、興奮気味の
なんだ? 俺の肩幅、ずいぶん狭くなってないか? 爆風で肉がそぎ落とされた可能性もあるが、筋肉がなくなったというより、骨格かわってないか、コレ?
「いや、本当に驚いた。良かったよ。あちらに連絡する前で。引き渡した後だったら、検査不足とか言われていただろうからね。ああ、すまない。状況がわからないよね。君ね。転落事故に遭ったんだよ。身体の方もそれなりに重症ではあったんだが、一番の問題は脳でね。僕ともう一人の医師が色々と検査させてもらったんだけど、脳波が健常者のソレではなかった。呼吸なんかも一人でできなくてね。脳死と判断せざるを得ない状態だったんだよ。……ついさっきまでね。いやー、奇跡だね!」
転落事故? 脳死? なんだそれ?
俺は
コイツの言いようでは、まるで、まるで俺が!
ゆったりとした口調で語り終えたヤブ医者は、俺の混乱などそっちのけで立ちあがり、まだ興奮冷めやらぬといった様子の笑理の両親に向き直る。
「また検査をしてみなければ明確なことは言えませんが、奇跡的にこれまでの最悪の状態は脱したように見えます。ですが絶対安静に変わりはありません。色々とお話しになりたいとは思いますが、今日は
ヤブ医者に促され、笑理の両親は名残惜しそうに俺の方を何度も振り返りながら、俺のそっくりさんを避けるようにして病室を出ていく。
「ほら君も」
眼に涙を溜めて俺を見続けていたそっくりさんを立たせようと、ヤブ医者が彼の腕をとる。
瞬間、なにが気に喰わなかったのか、そっくりさんから殺気が溢れ出た。ヤブ医者もそれを感じたのか、顔を引き
「
部屋の外から、笑理の父『
「さ、さあ」
ヤブ医者が腰の引けた状態ながらもう一度促すと、今度は逆らう様子を見せず、素直に頷きヤブ医者と共に廊下に出ていく。最後に残された看護師が、俺の腰のあたりまでかけられたタオルケットを直し、右手の側にコールボタンを置く。
「
丁寧に対応してくれる看護師には申し訳ないが、今の俺には反応を示している余裕なんてない。だが幸いなことに、まだ意識が
「それではゆっくり休んで下さい。部屋の照明は消していきますので」
看護師が宣言通り、部屋の明かりを消して部屋を出ていく。
一人で暗い病室に残された俺は、発狂したくなる気持ちを必死で押さえていた。
ヤブ医者、朝倉荘司、看護師。三人の言葉が俺の頭の中で暴れまわる。「お嬢さん」「若空君」「窓辺さん」。
俺はなんとか動かすことができた右手を、顔の前に持って来る。
手のひら、手の甲と順番にまじまじと見つめた。この手は俺の記憶の中にある。だが、俺の手ではない。
続いて着せられていたパジャマの襟を持ち上げ、中を確認する。控えめではあるが、明らかに女の胸。こちらも見覚えがある。右手が力なく落ちた。
認めるしかない。先ほどの男はそっくりさんなんかじゃない。アイツは「
そして、今ここで寝ている俺は……。
誰よりも側にいたいと願った女。
窓辺笑理。
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