俺が愛すのは君か、奴か、それとも俺か
地辻夜行
1章 魂の行きつく先
1話 人生の続きは、戸惑いの連続で
「
俺が死んだらお前まで死んでしまうみたいな、寂しい言い方するなよ。
俺はお前自身の為にも、お前に生きていてほしいんだ。
……
揺らめく炎の向こうに微笑む彼女の幻影を見ながら、俺はズボンに燃え移った炎でタバコに火を点ける。
俺の周囲は、俺が作りだした
痛みに耐えながら吐き出した紫煙が、小さな爆発の
ここで戦ったせいでだいぶ壊れちまったが、学校の教室二つ分程度の広さの部屋を埋め尽くす、訳のわからない機械たち。この全てがというか、この部屋そのものが過去に飛ぶ為の装置だったらしい。タイムマシーンならぬタイムルームだ。起動スイッチみたいのは押したが、こんなボロボロの状態じゃまともには動かないだろう。
笑理が事故に遭う少し前の過去に飛び、彼女の転落事故を防いだうえで、当時の俺を殺して彼女の隣に立つ。
そんなハッピーエンドを迎える予定だった。それなのにまさかこんな所で、
しかし、あんなに俺に
ところが事情を話したら、俺の腹はこんな状態。笑理のことがあまり好きではないようだと感じてはいたが、まさかここまでとはな。
俺は火を噴く機器にパイプで接続されている椅子に座ったまま、いつの間にか短くなっていたタバコを投げ捨てる。
それにしても、失敗したな。過去の笑理と生きようと決めた時点で、慌てて動く必要はどこにもなかった。今の笑理が死んでも、過去の笑理は生きてるんだから。もっと情報収集をしておけば、震地の休みの日を狙うこともできたろうに。
……それでも、俺は急がずにいられなかった。今の笑理が殺されるところなんて、見たくはなかったから。
俺は赤黒い自身の内臓を見つめる。彼女が転落事故に遭い、脳死だと誤診をくだされてからちょうど一週間。彼女を守る為の戦いが、全部無駄になっちまったな。笑理の内臓を奪い取ろうとした医者と、それに協力しようとした彼女の父親をぶっ殺したのが、今では遠い昔のように感じる。
彼女はもう殺されただろうか? 母親だけ二階の窓から逃げられちまったからな。
ドナー登録? そんなの知ったことか。笑理は生きてるんだぞ。俺が生きている限り、笑理は生きる意思を失わない。彼女は俺の為に生きてるんだから。
やれやれ、痛みを感じなくなってきたな。そろそろ終わりか。
俺は地獄行き間違いなしだろうが、彼女は天国かな?
いや、彼女もあの会社の人間だからな。
どちらが先に待つことになるかはわからんが、また会えそうだ。
「じゃ……くう……さん」
足元から声が聞こえ、俺は少なからず驚く。震地、まだ生きてたのか。しぶといなコイツも。
俺は最後の力をふりしぼり、床にうつ伏せたまま顔を上げた震地を見やる。
コイツにも申し訳ないとは思っているさ。俺は憶えていなかったが、俺の幼馴染にして、俺と共に戦場を駆け抜けた戦友。数少ない俺の理解者だった。笑理と出会えたのもコイツのおかげだったのに。苦しんでいるようだが、もう止めを刺してやる力は残っていない。そもそも、俺の内臓がこぼれかけているのはコイツのせいだし。
瞼が重くなってきやがった。このまま閉じるのもありだな。
だってほら、瞼の裏に彼女との思い出がいっぱい映ってる。
ああ、笑理。お前の側に行きたいよ。誰よりも、お前の側に。
俺のそんなささやかな願いを嘲笑うかのように、先ほどとは比べものにならない爆風が、俺たちを吹き飛ばした。
ん?
なんだ。なんだか急に周囲が騒がしくなってきたな。
おかしい。吹き飛ばされたと思ったのに、俺はまだ死んでないのか? 爆発音ならともかく、なぜ他人の声やら足音やらが聞こえてくるんだ?
俺はすでに笑理の姿を映さなくなっていた重い瞼を上げてみる。視界の隅に、白衣を着た女が、慌てた様子で部屋のスライドドアを開けて駆け出ていく姿が映る。もしかしなくても看護師か? ここはつまり……病院? あの怪我、あの爆発で、生き残ったってのか?
悪運強すぎだろ、俺!
いや、いくらなんでも早すぎる。吹き飛ばされたと感じたのはついさっきだぞ? まさか、爆風で病院まで運ばれた訳でもあるまいし……。
俺が現状に困惑していると、ノックもされずにドアが開き、数人の男女が賑やかに部屋へと入りこんでくる。
「本当に目を覚ましたのかね」
「え⁉」
か細い驚きの声を上げただけで、喉が灼けつくような痛みを訴えたが、それどころではない。
半信半疑といった感じの声を上げながら、戻って来た看護師に続いて部屋に入って来た壮年の医師。さらにはその医師を押しのけるようにして、俺が横になっているベッドにすがりついてきた初老の夫婦。彼らの存在は、俺から場所に対する困惑を奪い取るのには充分すぎた。
なぜ、コイツらがここにいる⁉
臓器移植を進めようとしていた笑理の担当医。彼の言うことに黙って従おうとしていた笑理の両親。この内の二人は俺が切り殺してやったんだぞ⁉
だが、この驚きはまだ序の口だった。
真の驚愕は彼らの後方。この病室の入り口に佇む一人の男。
彼は俺と目が合うと、大粒の涙を零しながらヘタクソな笑顔を俺に向け、その場に膝を折る。
その男は俺にしか……『
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