第19話 条件発生型クエスト

 農家に行きたいけど、ここで漁師ギルドを飛び出すのはよくないよね。

 だって、レベル20のクエストがもう受けられるんだもん。


「デニスさん」

「おう、アオイか。まさか、もうレベル20になったのか?」

「はい、なっちゃいました」

「そ、そうか……」


 NPCのデニスは立てた左手の親指と人さし指が描く緩いカーブを自分の顎にピタリと嵌めて動かし、短い髭からズリズリと音をたてて私を見る。


 あれ、次のクエストが始まるんじゃないのかな。


「どうかしました?」


 私はその視線に耐えきれず、ついたずねてしまう。


「ちょっと聞いてもいいか?」

「ええ、私で答えられることなら……」

「領主様の城で開催される晩餐会の目玉になるブラックバレットが獲れなくてな。もしかするとアオイならブラックバレットを釣りあげているんじゃないかと思ったんだ。ジェットスクイドを釣るときに、ブラックバレットも釣り上げたんじゃないのか?」


 ブラックバレットって、あのジェットスクイドを食べちゃう魚だよね。

 確か、とてもアングラーが高く売れるって言ってた気がする。


「ええ、釣りましたよ。1匹だけですけど……」

「1匹でも釣りあげたんだな!?」

「ええ、まあ……」

「どれくらいの大きさだ、今も持ってるか?」


 デニスが縋りつくように詰め寄ってきた。


 ちょっと、顔が近いんだけどっ!


 視界全体がほぼデニスの顔じゃん。


 現実世界でもここまで顔を近づけられたことなんて両親以外にいないから、すごく焦っちゃうよ。


 でも、流石にNPCであってもプレイヤーに触れることはできないみたいだけどさ。


「え、はい。でも、この小さなテーブルでは載らないかな」

「ん、そうだな。あちらに戻って見せてもらうとするか」


 デニスさんは竿を引き上げ、垂れていた糸でキャッチするとそのまま竿を立てる。


 いや、餌、とられてるじゃん。


 この人、本当にグラーノ支部のギルドマスターなのかな。


 釣り堀が並んでいるせいで田んぼの畦道あぜみちのような通路を通り、漁師ギルドの入口付近に移動すると、本来はそこに受付嬢でもいるのだろうカウンターがあって、その隣には作業机らしきものが置いてある。


「ここに出してみてくれるか?」

「はい、わかりました」


 なんだか、すごく期待感の籠った目で見られているけど、私が釣り上げたブラックバレットはそこまで大きくないと思っている。でも、アングラーは100㎏はある、みたいなことを言っていたような。


 インベントリからブラックバレットを選ぶと、幅が3ⅿほど、奥行きが2ⅿ足らずの一枚板で作られた作業机の上に、ドンッという大きな音とともに巨大な魚体が姿を現した。


「おおっ!! これは見事なっ!」


 デニスはその目を大きく開くと、少し声を震わせてブラックバレットを舐めるように見ている。手で触ったりしないのはいいけど、支部のギルドマスターなら自分で釣ったこともあるだろうに、面白い人だね。


「もういいですか?」

「あ、いや……この大きさなら申し分ない。100㎏はあるだろう。悪いが、これを買い取るから、調理師ギルドのニケに届けてもらえないか?」


《条件発生型クエスト「晩餐会の目玉」が発生したのです。クエストを受けるのですか?》


  クエスト番号:S.003

  クエスト種別:条件発生型クエスト

  クエスト名:晩餐会の目玉

  発注者:デニス

  報告先:ニケ

  内 容:晚餐会の目玉であるブラックバレットを調理師ギルドのニケに届けよう。

  報 酬:経験値6,000×2 貨幣????リーネ


 受けるのはいいんだけど、報酬が????では流石に躊躇してしまうよね。

 ここは正直に聞いてみようかな。


「えっと、おいくらで?」


 アングラーさんの話だと80万リーネくらいにはなるって話だったと思うんだよね。一気にお金持ちの仲間入りだね。


「そうだな、120万リーネでどうだ?」

「ひっ、120万!?」


 え、本当に想定額の1.5倍も貰えるの?


「最近、ブラックバレットを釣ってくる者がいなくてな。買い取り相場が上昇しているんだよ。しかも、この大きさとなると滅多にない。むしろ安いくらいだ。不満なら依頼の形にして130万リーネまで出すがどうだ?」

「え、じゃあ……それで」


《条件発生型クエスト「晩餐会の目玉」を受注したのです。ブラックバレットを調理師ギルドのニケに届けるのですよ》


 いや、お金に目が眩んだんじゃないよ。130万リーネといってもあっという間に使ってしまえる金額だと思うし。

 それよりも、この条件が気になるよね。さっきの話しぶりからすると、ブラックバレットの大きさなのかな。


「じゃあ、よろしく頼む」

「は、はい……」


 こんなに簡単に130万リーネも貰えていいのかなあと思いつつ、私は再びブラックバレットをインベントリに入れた。


「それで、レベル20になったんですけど……」

「ああ、そうだった。アオイは漁師といえば釣りをしているものだと思ってはいないか?」


 いや、底引き網や定置網のような漁法を使うのが普通で、釣竿で1匹ずつ丁寧に釣りあげる漁師さんって少ないと思うんだけど。


「いえ、他にもいろんな方法があるって聞いています」

「うむ。では、刺突漁というのは聞いたことがあるかい?」


 刺突漁というと、銛やヤスを使って突いて捕まえる漁法。潜水して捕まえる漁法だから、サザエやアワビなどの貝類や、ウニやタコを獲ることもできるんだよね。


「ええ、知ってますよ」

「それなら話が早い。中級漁師セットに入っている道具を使って北湖ダンジョン第3層の磯場にいるレインボーロブスターを1匹、アワビとウニを3個ずつ獲ってこい。いいな?」


《漁師クエスト「刺突漁を覚えよう」が発生したのです。クエストを受けるのですか?》


  クエスト番号:FS-005

  クエスト種別:職業クエスト

  クエスト名:刺突漁を覚えよう

  発注者:デニス

  報告先:デニス

  内 容:釣竿で釣るだけが漁師ではない。北湖ダンジョン第3層の

      磯場でレインボーロブスターを1匹、アワビを3個獲ろう。

  報 酬:経験値12,000×2 貨幣30,000リーネ

      ミッドレンジギャザラーブーツ


「はい、わかりました」


《漁師クエスト「刺突漁を覚えよう」を受注したのです。北湖ダンジョン第3層の磯場でレインボーロブスターを1匹、アワビを3個獲ってくるのですよ》


 ずっと釣りをするんだと思っていたけど、素潜り漁もできるんだね。

 勢いよく受けちゃったけど、私ってカナヅチなんだよね……。




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