BORDERLESS~進化したVRMMORPGで何故か私が最強になっています~
FUKUSUKE
第1章 ナツィオ編
第1話 森の中で(1)
「グルルゥ……」
鳥の声や虫が鳴く音さえもしない、とても静かで深い森の中を通るその街道に、魔物の唸り声が響いた。
声の主は体高3ⅿはあるバトルウルフ。この森の一角を統べるフォレストウルフのボスである。
赤く染まったバトルウルフの瞳が見つめる先には、いかにも冒険者らしい装備を身にまとった少女がいた。
少女が何頭ものフォレストウルフを倒してここまでやってきたせいか、バトルウルフの怒りが頂点に達しているのが見て取れる。
「グルルルルゥ……」
バトルウルフが再び唸り声をあげると、その頭上にHPバーが出現した。
バトルウルフの背後には数十頭ものオオカミの群れ――フォレストウルフが従うように待ち構えていた。だが、バトルウルフの唸り声にフォレストウルフたちが反応するということはない。ただ、バトルウルフだけが1歩、2歩と少女に向かって歩き出した。
一方、少女は近くの町で自分のことをバカにした虎人族の男の言葉を思い出す。
〝おいおい、このゲームってこんなガキが遊べんのかよ?〟
〝なあ、この身長であのでかい魔物と戦えると思うか?〟
実際に体高が3ⅿ近くあるバトルウルフを前にすると、少女はその大きさに圧倒された。だが、少女は自分を鼓舞するかのように呟く。
「ふんっ、勝って証明してやろうじゃないの」
少女は腰から抜いた2本のナイフを構えると、静かに歩きだした。
バトルウルフが少女まで残り5mほどの場所で止まり、ボタボタと涎を垂れながら少女のことを睨みつけている。
「そんなに涎垂れちゃって、私って美味しそうにみえる?」
少女は挑発するようにバトルウルフに話しかけ、射殺さんとばかりに強い視線を向けて睨み返した。
どんな動物でも同じで、動く前に必ず予備動作が発生する。例えば、犬や狼が飛び掛かろうとする際は必ず後ろ脚に体重がかかるよう、僅かに腰が後ろに引けるし、前脚を上げる際には事前に僅かな体重移動が発生する。
少女はバトルウルフの目を見ながら視界から入る予備動作を察知し、地面を蹴って右へ側方宙返りをした。同時にバトルウルフが少女に向かって飛び掛かる。
バトルウルフの口が開き、少女がいた場所へと突き出されて空を切った。だが、その目には既に回避している少女の動きが映っていた。
少女は地面ではなく街道の柵に足をつけると、バトルウルフの方に飛ぶように蹴った。狙うのは無防備にも曝け出しているバトルウルフの脇腹だ。
刃渡り30㎝ほどのアイアンダガーがバトルウルフの肋骨に当たり跳ね返される。僅かに表面にアイアンダガーが刺さったていどで、たいしたダメージは与えられなかった。
少女はバックステップをとってバトルウルフから距離を取った。
(あれを喰らったらひとたまりもないわね)
少女は今の攻撃を冷静に分析した。
バトルウルフの予備動作を察知することで、少女は余裕で躱すことができた。素早さ、速度は少女の方が上。ただ、あの顎や前脚で攻撃されれば140㎝ていどしかない少女の身体ではひとたまりもない。
少女は再び6ⅿほどの距離をとり、バトルウルフと対峙した。
基本的に動物型の魔物は目、眉間、首、心臓が急所に設定されている。この4か所に攻撃を当てれば、通常よりも大きなダメージを与えることができる。
実際、少女はフォレストウルフでもこの4か所を中心に攻撃し、少ない手数で十分な成果を得られていた。だがバトルウルフはとても大きく、両手のナイフでは届きそうにない。
「悔しいけど、あの虎男の言うとおりね」
少女は呟くと、唇を噛んだ。
(でもここで死に戻りとかしたくないし、何よりも負けたくない)
少女は心の底から思った。
バトルウルフが1歩踏み出せば、少女も同じだけ動いた。
5mが飛びつきの距離、6mあれば飛びつきは来ない。助走がつけられる距離になるとまた違うだろうが、助走無しで飛び掛かるには少し離れすぎている。絶妙な距離感を保っていた。
10秒、20秒と時間が過ぎるうちに、バトルウルフも焦れてきて軽く後ろに腰を引いた。それを視界に捉えた少女の直感が警鐘を鳴らす。
少女は左手のアイアンナイフを腰に仕舞いつつ、スローイングナイフを取り出して左前方へと地面を蹴った。
着地したバトルウルフの前脚の前に少女が踏み出し、寸前まで少女がいた場所でバトルウルフの大きな口が空を切る。同時に、バトルウルフの赤い目を目掛けて少女はスローイングナイフを投げつけた。フォレストウルフの三倍はある大きな顔である。もちろん目も同じくらい大きくなっているわけで……
「ギャンッ!!」
見事に右目にスローイングナイフが突き刺さった。
弱点とはいえ右目を潰しただけではHPバーは20%ほどしか削ることができず、少女はチッと舌を打った。
一方、悲鳴を上げたバトルウルフは右目にナイフが刺さったまま、でも残った左目で少女を探す。しかし、右目を失ったということは右半分の視界を失うということだ。
少女は時計回りに駆けて、一瞬でバトルウルフの背後に回り込んだ。
「ヨッ!」
「キャンッ! キャンキャンッ!!」
少女は周囲の木々を蹴って高く跳び、掛け声と共にバトルウルフの右後ろ脚の腱を断ち切った。
狼や犬の後ろ脚は常につま先立ちをしているような構造をしている。アキレス腱が切れれば、立っていられない。
案の定、バトルウルフはバランスを崩して尻もちをついた。少女の倍以上ある体高も、立てなくなれば届きやすくなる。動けなくなれば、背中にだって登れるだろう。
まずは後ろ脚が1本になったと同然だし、飛び掛かってこられる心配はない。
不用意に真正面から近づけば前脚で殴られるかも知れないが、少女もそこまで馬鹿ではない。視界がほとんどないバトルウルフの右側へ回り込んで、ナイフで浅い傷を次々とつけていく。
バトルウルフもただ少女の攻撃を受けているだけではなく、尻を地面についたまま身体を前脚で回転させてなんとか少女を視界に入れよう動き、空を切るだけの噛みつきを続けていた。
バトルウルフの頭上にあるHPバーはまだ30%ほどしか削れていない。毛皮が厚く、少女の持つアイアンダガーやアイアンナイフでは十分な深さまで刃が達しないのだ。
(やはり急所を狙わないといけないようね)
《急所判定は眉間、目、首、心臓ですが、内臓系も高いダメージを与えられます》
少女が思考すると、ゲームをアシストする機械精霊がアドバイスを伝える。
(へえ、そうなんだ)
であれば、と少女はバトルウルフの脇腹へとアイアンダガーを突き刺す。
一気に根元まで突き刺さることはないが、同じ場所を攻撃していれば傷はだんだん大きくなっていく。
(ほんとだ、HPバーが残り50%くらいになったよ)
バトルウルフのHPバーの上に、流血状態を示すステータスアイコンが表示されていた。継続して1秒に5ずつHPが削れていくのが見てわかる。
「おっと、あぶないなあ」
気が緩んだせいか、少女はバトルウルフの噛みつきをギリギリ躱し、体勢を整えるためにバトルウルフから距離を取った。
*⑅୨୧┈┈┈┈┈ あとがき ┈┈┈┈┈୨୧⑅*
第1話、第2話は三人称ですが、それ以外は一人称視点で書いています。
括弧の使い分け:
《発言》:機械精霊の声
(発言):機械精霊との思念会話
「発言」:音声
『発言』:パーティトーク、P2Pトーク
<発言>:魔法・スキル
〈名前〉:簡易鑑定、鑑定結果、メッセージボックスの表示
ゲームの設定や専門用語等は「BORDERLESS 設定・用語集」をご参照ください。
話数が多い作品ですので、読み始めていただいて10話目だとか、第1章の終わりだとか、区切りの良いところで結構ですので★レビューを入れていただけますと幸いです。
カクヨムの仕様で作品ページに戻るか、最新話まで進まないと★レビューを入れられないのでお手間をおかけしますが、よろしくお願いします。
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