お肉屋さんは殺人の代替行為じゃないよ

佐神原仁久

大体設定として使い古されすぎだろう

 君の思っている通り、確かに俺は肉屋の倅だけど、お肉屋さんは殺人の代替行為じゃないよ。

 あたりまえじゃないか。

 街にいるお肉屋さんはみんな殺人鬼とか、殺人衝動を内に秘めているとかそんな訳ないだろう。


 まあ確かに?

 ビジュアル的に俺達ほど殺人鬼っぽい人種もそうそういやしないことぐらいわかってるさ。


 血がなみなみと入ったバケツに、生々しい肉がこびりついた大鉈。返り血塗れのエプロンとマスクだ。おまけに体格は筋骨隆々ときてる。通報して然るべきだよ。


 夜道で遭ったら絶叫不可避だろうね。

 俺が実際に叫んだんだから間違いない。野暮用で出かけてた親父だったんだけど。


 だけどさあ。


 血って言ってもどうせ牛豚のものだし、肉だってそうさ。

 この体格だって仕事の中で自然とこうなるんだからしょうがないじゃないか。鉈でぶっとい骨をかち割ってフックに吊るす日々を過ごせば君だってこうなるよ。水気の多いものって重いんだ。


 色んな意味で風体が最悪なのは認めるけどさ。

 だからって色眼鏡で見ることは無いと俺は思うんだよね。


 ああ・・・それとも先輩方の所為なのかな?


 先輩って言うと語弊があるけどさ、ホラー映画の殺人鬼。

 邦画だとあんまり見ないけど、洋画だと直接ぶっ殺しに来る殺人鬼多いじゃん。ジェイソンとかさ。


 んでその設定に、元は肉屋の倅だったが肉を断ち切るうちに人の事もそうしたくなって・・・みたいなこと書いてあんの。

 衣装とか小道具も肉屋のそれでさ、ある意味完璧なわけ。


 プロパガンダっていうのかな?

 そんな感じで印象が植え付けられた結果、俺たち肉屋は不当な謗りを受けるってわけさ。


 ホント理不尽な話だと思わない?

 今食卓に上がってるその肉誰が捌いたと思ってんだって感じだよ。


 あ・・・ちなみにジェイソンは肉屋の倅じゃないからね。アレはただの復讐鬼だから。ただのってのも妙だね。


 ともかく。

 そりゃ世の中には嫌われる職業ってのはあるさ。

 ゴミ収集とか下水処理とか、なんとなく汚らしい仕事ってイメージがあるけど、やらないと色んな人が困るんだ。

 でもこっちのイメージはしょうがない所もあるじゃないか。取り扱ってるものは実際汚いんだから。


 肉屋と殺人鬼になんの関係性があるっていうのさ。

 肉を扱ってるのは認めるけど、ただの家畜の肉だ。これで殺人鬼と関連するって言うならなんで料理人は殺人鬼と関連しないのさ。食人鬼のイメージまでくっついて一挙両得だっていうのに。


 あ。


 今君『夢壊れたわ~』みたいなこと思ったでしょ。

 わかるよ。君みたいなのとは何人も何人も触れ合ってきたもの。なんとなくピンと来るさ。


 ずっとだんまりだけど黙秘したってわかることはあるんだからね?

 黙秘された経験だって豊富だし。


 いや別に良いよ?

 映画と現実を混同するのなんて人の勝手さ。俺がどうこう言う様なことじゃない。

 つまらない現実を少しでも面白くするために想像の翼を広げるのだってそいつの自由さ。


 でもそれに他人まで巻き込むのはなんかちょっと違うじゃん。

 そういうのって個人の範疇に収めるから許されるんじゃん。


 君の言うその夢の所為で何人の肉屋が殺人鬼扱いされてきたと思ってるの。


 自分の親がいわれのない殺人鬼扱いされてる時の俺の心情って想像できる?

 惨めだったよ~?


 だからこれもジェイソンと同じ正当なる復讐ってことに・・・ならない? 

 あ、そう。まあ別にいいよ。するつもりもないしね。


 うん? 俺?


 俺は殺人鬼扱いされたことなんてないよ。

 されたら致命傷だしね。その辺は徹底的に気を遣ったさ。夜道でばったり、なんて親父みたいなヘマはしない。


 あ。


 一応言っておくけどさ。

 俺がこれまで言ったことは大体本当だよ?

 バケツに入った血も、鉈にこびりついた肉も返り血も全部家畜のものだし、この体格だって仕事している内にこうなったんだ。


 特に『お肉屋さんは殺人の代替行為じゃない』って所。

 あたりまえじゃないか。

 こんな甘美な感触、牛や豚で味わえるわけないだろう?

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