商人が行く、異世界出張旅
瑠東野唯
第1話 出張先で異世界へ
「君、来週の展示会出展の手伝いに行ってくれないか?」
俺は自動販売機の製造をしている会社の支店で働いている。今、急に上司に呼び出されて出張の打診を受けている。展示会なんて本社の偉い人とか開発部門の人とかが行くものじゃないか。何で俺が行かねばならんのだ。
「俺、展示会なんて行ったことありませんし、まともに営業できないと思いますよ。」
「人手不足らしいんだよ。支店から一人出せないかってさ。荷物運んだりが中心になるだろうから、若い者を寄越してくれってね。」
「荷物運びくらいなら構いませんが・・・。」
「支店勤務だと展示会を見る機会なんてないからね。良い経験になるだろうし、いろいろ学んでくるといいよ。これ、今回の出展の資料ね。必要ないと思うけど渡しておくね。」
-----------------------
宿泊先はここか・・・
よくあるビジネスホテルである。出張初日の仕事を終えて到着したところだ。久々の肉体労働で今日は疲れたし、早く休みたい。
晩飯をどうしようかなと考えたところで、ホテルの1階部分がコンビニになっていることに気付く。
面倒だしコンビニ飯で済ますか。今から飯屋を探す気力はない。
チェックインする前に食料調達をすることにする。適当に選び、カツ丼を買い物かごに放り込む。もちろん晩酌準備も忘れない。焼き鳥の缶詰とチーズをかごに放り込んでいく。
そういえば朝食付きの宿泊プランじゃないんだよな・・・朝飯用のパンも買っとくか。
出張なので宿泊代は経費なのだが、朝食くらいけちらずにつけて欲しいものである。不満を感じつつ、チョコクロワッサンとアンパンをかごに放り込む。朝は甘いものが欲しいのだ。
あとは飲み物を・・・
ミネラルウォーター、緑茶、野菜ジュース(朝食用)、そして忘れてはいけないお気に入りの缶ビールをかごに入れてレジへ。
「お弁当は温めますか?」
「お願いします。」
会計を済ませ、コンビニを出る。
ホテルの受付へ向かいチェックインの手続きだ。記帳しないといけないのか。出張用ビジネスバッグとコンビニ袋で両手が塞がってるというのに。コンビニ袋をビジネスバッグに突っ込んで記帳する。
部屋のカードキーを受け取りエレベーターへ乗った。
部屋は8階か。
エレベーターの扉が閉まり、上昇していくのを感じつつ明日の仕事のことを考える。ぼんやり考え事をしている間に8階に到着したようだ。エレベーターが開き外へ出る。出たと同時に浮遊感を感じることとなった。足場がなかったのだ。
「んっ!!??」
真っ暗な視界の中そのまま落下しつつ、俺は意識を失った。
--------------------
目が覚めると知らない天井があった。どうやらベッドの上のようだ。
起き上がってみると近くに知らない人が2人いた。2人とも30代くらいの外人の男性だ。
「おや、目が覚められましたか。お体は大丈夫ですか?」
「体は大丈夫のようですが、ここは・・・?」
「ここはオセット村の宿屋ですよ。あなたは街道で倒れていらっしゃったのです。」
オセット村ってどこだよ。倒れていた?助けてもらったのか?
確か、出張先のホテルでエレベーターに乗って・・・
そうだ、外に出たら落ちたんだ。その後は記憶がない。
「えっ?状況がよく分からないのですが、助けて頂いたのですか?有難うございます。」
「何があったのですか?誰かに襲われたような形跡もなかったですが・・・ああ、そうだ。近くにバッグが落ちていましたよ。どうぞ。」
俺の出張用ビジネスバッグだ。
「有難うございます。私のバッグで間違いありません。出張先のホテルでエレベーターから降りたところまでは覚えているのですが、その後の記憶がなくて・・・。」
「エレベーターという所から来られたのですか?そのような場所は聞いたことがありませんね。少なくともこのオクスリビア領内にはそのような場所はありませんね。」
「えっ?」
この外人はさっきから何を言っているんだ?何かおかしいぞ。
「何やら訳有のようですね。そうだ。自己紹介がまだでしたね。私はローレンス商会の商会長を務めております。フィデルと申します。こちらは御者のチャールズです。」
「ええっと私は・・・」
自分も名乗ろうとしたが、名前が分からなかった。どうしても思い出せない。名前以外のことは思い出せる。いや、自分の名前だけではなく、親の名前や勤め先の会社名や記憶がいくつも抜け落ちている。
どうなってる?何が起こってるんだ?記憶喪失というやつか?
「名前が思い出せない・・・」
「おや、気を失っていらっしゃったのと何か関係があるんでしょうか?ステータスを確認されてみてはどうです?」
「ステータス?」
「ステータスオープンと念じてみてください。名前も表示されますよ。」
この外人は日本文化の影響を受け過ぎているのではないか?だがしかし、何となく今の状況が掴めてきた気がするので、素直に従ってみるとしよう。
『ステータスオープン』
すると目の前に半透明な板が出てきた。
ステータス
名前:ルノ
性別:男
年齢:26歳
職業:商人
種族:人間
スキル:忍び足Lv1、気配希薄Lv1、精神耐性Lv1
固有スキル:潜影Lv1、障壁Lv1
称号:次元の狭間を超えし者
おおっ!まさか本当にステータスが出るとは・・・
名前:ルノ?誰だそれは?これが俺の名前か?
まあ、いいか。俺はルノだ。うん、なんかそんな感じの名前だったような気がしてきた。
うむ、名前なんて何でもいいのだ。所詮、人を識別するための記号みたいなもんじゃないか。
「名前はルノと表示されています。」
「ルノさんと仰るのですね。我々はレイクスの街の店に帰るところなのですが、一緒に街まで行きますか?」
「状況が分かるまでお世話になっても良いでしょうか?どうも今のお話を聞いている限り、ここは私の知っている場所ではないようなので・・・」
「構いませんよ。何があったのかは知りませんが、今は休まれた方が良いでしょう。明日の朝、出発になりますが、それまでゆっくり休まれてください。」
そう言って2人は部屋を出ていった。
一人になったところで、今の状況を落ち着いて整理してみる。
さっきフィデルと名乗った人のよく分からない内容の話、そしてステータス。これはもうドッキリではないだろう。ネット小説は好きでよく読んでいたが、まさか現実になるとは。
これは異世界転生、いや異世界転移の方か。
改めて自分の着ている服を見ると、記憶の最後の時に着ていたスーツだった。鏡はないが俺自身もそのままの姿だろう。転移で間違いないな。
窓から夕日が差していた。窓から外の様子を見てみる。木造の家が立ち並んでいる。のどかな村だ。もちろん知らない風景だ。やっぱり転移だな。
頭に猫耳のようなものがついている人が歩っている。獣人という種族だろう。うーむ、転移だな。
どうやら現実逃避はできそうにない。俺は記憶の一部を失って異世界に転移した。これで間違いなさそうだ。だが、前向きに考えることにしよう。せっかく異世界に来たんだ。俺はこの世界を旅してみたい。
しかし、フィデルさんからはゆっくり休めと言われたが、休んでいる場合ではなさそうだ。現状の確認をしなければならない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます