第12話 兄と妹
日曜日の昼下がり。
両親と家にいるのもなんだか気まずくて、司は一人で公園のベンチに座っていた。
希とLINEで会話をしていると、ふと希がこの間言っていた希の姉の話を思い出した。
そういえば、兄とはここ1ヶ月顔を会わせていない。
司はあの真実を知って以来、兄と直接話がしたいと思っていたが、兄がどこにいるのかさえわからないので、全く話せていないのだ。
兄の話では、友人宅にお世話になっているとのことだったが、本当かは怪しい。
兄はよく体調を崩す人で、その度に友人宅に泊まっていると母に父と一緒になって嘘をついて、入院していたことがあったからだ。
まずは父を問いたださなければならない。
司は重い腰を上げて、家へと歩いた。
「お父さん、お兄ちゃんはどこにいるの?」
テレビを見ていた父は、司がそう言ったのを聞いて、驚いたような顔をした。
「尋は、大学の友達の家にいるって母さんが言っていただろう?」
今までよく私の秘密を隠し通せていたなと司が思ってしまうくらい、父は嘘をつくのが苦手だった。
目が泳いでいて、冷や汗もかいている。
「母さんに言うつもりはないから、どこの病院にいるかだけ教えてくれる?」
母に兄が入院していることが知れたら、おそらく母はヒステリーを起こし、大変なことになるだろう。
そういうときに手を上げられたり、罵声を浴びせられてきたのはいつも司だった。
「ねぇ、言ってくれないなら母さんに兄さんが入院してるかもって言うよ?そうしたら今までは私が怒られたけど、流石に今回は父さんが怒られるんじゃない?」
司が少し刺のある言い方をすると、父は瞬きを2回してから口を開いた。
「、、、済南病院にいる。」
午後4時の病室前の廊下はうっとうしいくらいの西日が差している。
司は一つ息をついて、兄がいるはずの病室のドアを開けた。
「、、、兄さん。」
司は窓際のベッドに兄を見つけた。
4人部屋なのに、兄の他には患者はいないようだった。
兄は窓から外を見つめていて、司には気づいていないようだった。
司は兄の姿を見て、話しかけに行くことを今さら躊躇して、足が止まってしまった。
妹じゃないと告げたら、兄は今までの「兄」じゃなくなってしまうのではないかと思ったからだ。
ふと兄が視線に気づき、司の方へ振り返る。
「司?どうしてここがわかったの?」
不思議そうな顔で兄が司を見つめた。
司はその時、もう逃げられないと思って覚悟を決めた。
「父さんに聞いたの。ダメだよ、兄さん。
無理して倒れたら、求む子もないでしょ。」
司がいつも通り兄に注意すると、兄は少しつかえていたものが取れたかのような笑顔を見せた。
司はドアを閉めて、兄の方へ歩いて行った。
「今日は、着替えを届けに来たのと、話したいことがあって来たの。」
司がそう言いながら紙袋をベッドの横におくと、兄はやっぱりかという顔をしていた。
「聞いたんだよね?司が僕の妹でも、母さんの娘でもないこと。」
兄の声はいつもの2倍くらい低かった。
司は驚いて、兄の肩に手をおいた。
「どうしてそれを?」
司の反応を見て、兄は諦めるような悲しむような顔をして笑った。
「母さんがね、司のことを叱った日の夜中にいつも泣きながら、ごめんね司、ごめんね志乃。って言ってたからおかしいなって思って父さんを問いただしたことがあって。」
兄は司の顔をじっと見つめて、それから深く一呼吸ついた。
「それを聞いても、司が今までどんなに苦しかったかって考えたら、母さんのしたことは許されないことだなって思ったんだ。ごめん、司を守れなくて、母さんを止められなくて。頼りにならない兄でごめん。」
兄は最初のうち、母親の暴行や暴言を止めようとしていた。
しかし、兄が止めようとすると母の怒りはさらにヒートアップしていった。
やがて司は兄に助けを求めることを諦めたのだった。
「いいよ、私が兄さんに余計に酷くなるから口出ししないでって言ったんだもん。」
司は兄の肩に手をおいた。
司は兄を恨むどころか、本当の妹ではない司に対して、いつでも優しい兄でいてくれたことに感謝していた。
「司、これだけは言わせて。司がもしこの先本当の家族と会って、そっちで暮らすことになっても、僕は君の兄だから。司は大事な大事な妹だから。わかった?」
兄は司の心配事をわかっていたらしかった。
兄の、白くてすぐ折れそうなほど細い手が、力強く司の手を握った。
司はツンとする鼻の痛みを一旦堪えて、でも堪えきれなくなって泣き出した。
兄はそんな妹をそっと抱き締めて、泣き止むまで背中を優しく叩いてやった。
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