雑談物語。

名無し

第1話 100万年ぶりの性癖大革命

「突然なんだが、才賀さいが。お前って、おっぱいは好きか?」


たいら……、それは質問として成り立ってないよ。あなたは今生きていますか?ってのと同レベルだ」


「わかってる、わかってる。一応確認のためだ。話の起点としてな訊いてみただけだ」


「そうかい。まあ馬鹿馬鹿しいけど一応答えてあげるよ。うん。狂おしいほどに好きだよ」


「そうだよな。もちろん、俺も同じだ。しかしよぉ、才賀。もしかしたら俺達はこのままおっぱいを好きでいられ続けるのかわからなくなってきたぜ」


「はっ。平が突拍子もないことを言い出すのはいつものことだけど、今日は特にひどいね。まるでノストラダムスみたいだ」


「ノストラダムスを俺なんかと同列に語ってやるなよ。いくら死ぬ前に世界消滅をでっちあげて世界中を大混乱に陥れた×××××野郎だからってよ」


「君の方こそ歴史上の人物にもっと敬意をはらったほうがいいんじゃないか」


「まあ、それはさておいてだ。実際、マジかもしんないだって」


「僕らがおっぱいを好きでなくなるなんてことがか? まあいいさ。平の狂言は今に始まったことではないし。聞くだけ聞いてあげるよ」


「おう。それじゃあまずは、才賀。なぜ、大学生の俺達が夏休みの真っただ中っつう遊び放題のこの時期に、何が悲しくて、お前の家で二人でくっちゃべってるんだ?」


「それは僕らが友達も少なくて、彼女もできたことのない、どころか女の子と遊んだことなんて小学生の、いや、幼稚園のころまで記憶を遡らなければならない、童貞野郎だからじゃないか?」


「………………萎えた」


「ごめんごめん、冗談だよ。元気出して。ほら、この前、天ヶ瀬さんから海に行こうってお誘いがあったじゃんか」


「……お前、俺が三年前のプログラムであいつにどれだけのことをされたか知ってて言ってんのか?」


「まあまあ、過ぎたことを気にしてもしょうがないって。それにあの時は、結果的に君の勝利に終わったんだからいいじゃんか。なにより天ヶ瀬さんは相当可愛い」


「俺は顔がいい奴が一番大っ嫌いなんだよ。男女問わずな。その点で言えば、お前なんかギリギリセーフみたいなところあるからな。気を付けろよ?」


「褒められたってことでいいのかな? まあ、話を戻そう。僕らがこうして家で語り合ってる理由だったね。それはもちろん、今コロナウイルスが流行してて、まともに外を出歩けない状況だからさ」


「そう、今や世界は大パンデミック時代だ。そんでもって俺達の世界は激変した。例えば緊急事態宣言。今こうして俺達が過ごしているこの時間の直接的な理由になっているものだ。こいつのせいで、俺たちは今の状況を強いられている。他に要因はありえない」


「その通り」


「他には、そうだなぁ。俺達にはまだあまり関係ないが、経済面だな。今や世界は不況も不況。80年前の世界恐慌にはまだ至ってねえが、この先どうなるのかは誰にもわからない。もしかしたら再び世界恐慌が訪れるかもしれねえ」


「怖いよね」


「だが今回論じるポイントはそこじゃあない。緊急事態宣言による地獄見てえな日常、数十年ぶりの大恐慌、それらよりもはるかに人類史に刻み込まれるであろう記録の一ページを作り上げる可能性のある要因。何かわかるか?」


「えー、なんだろう。人類史に残るほどのもの………、おっぱい好きがおっぱい好きでなくなる可能性………は、まさか!」


「そう、マスクだ」


「あ、そうなんだ」


「なんだ、違ったのかよ。ちなみに何を思いついたんだ?」


「いや、適当にのってみただけ」


「お前のそういうところ嫌いじゃないぜ」


「そりゃどうも」


「でだ。マスクなんだよ、マスク。こいつがこのパンデミック最大未知数の産物は」


「はー、僕には皆目見当もつかないけどね。マスクが世界をどう変革させるっていうんだい?」


「かつて、人間の雌が雄を誘惑するために使用した武器は尻だった」


「はいはい、有名なやつね」


「四足歩行である人間にとって最も性を主張するのにふさわしいのはその高さにあった尻であったが、いつからか人類は二足歩行に進化する」


「二足歩行となり、人間の目線の高さに尻はなくなり、性を主張しにくくなってしまい、その変わり、つまり代替物として……」


「人間の雌の胸はふくらんでいき、はれておっぱいとなったとさ」


「ここまでは一般論だね」


「そして、これに匹敵するほどの性革命が、マスクによって引き起こされることになると俺は推測するわけだ」


「宇宙の歴史からしたら、ほんの一瞬にも満たない僕らの人生で、そんなイベントに立ち会えるなんて、光栄の極みだね」


「ここで一度謝っておきたいことがあるんだが、俺は別に女体の中でおっぱいが一番好きなわけじゃあないんだ」


「は?」


「俺が一番好きなのは太ももだ。おっぱいか太ももか、一生に触れるのが片方だけならば迷わずに俺は太ももを選択させてもらう」


「そんなのおかしいよ。平、君は異常性癖者だ」


「馬鹿野郎。何をもってして異常と決めつけてんだてめえ。いいか、才賀。今この世界には現在進行形で性癖の数が増えている。脇、うなじ、尻、腰、腹、足、手、身体の部位に限定しなければ、その数は計り知れない。そしてその全てが尊重されるべきなんだ。間違っても、否定しちゃいけねえ」


「ああ、確かに君の言う通りだ、すまない」


「わかりゃいいんだ。んで、話を戻すけどよ。まず前提として、今世界は性癖が多様化してきている。人間は他の動物たちと違って、考えることができる生物だからな。また本能に逆らうこともできる唯一の動物だ。だからそれぞれの性格、趣味、思考、嗜好、等々の要因から性癖が枝分かれしていく」


「よく理解した」


「そろそろ結論を言っちまうか。あんまり結論をもったいぶると読者が離れていっちまいそうだからな」


「本格ミステリーならともかく、ただの大学生。それも、義務教育すらろくに受けることもかなわなかった悲しきプログラム生の、対話なんかでそんなことするわけにはいかないよね」


「結論。おっぱいレベルの人類共通性癖として、鼻筋、口元が追加される」


「な……なんだって!」


「驚いたふりすんじゃねえよ。大体察しはついてたんだろ」


「まあね。でもここはこう反応すべきだと思った」


「プログラム最終課程で、俺とトップ争いしたお前のことだから、けっこう早い段階で気づいてたんじゃねえか」


「うん、まあ。人類の最初の性癖が尻だのどうの話してた辺りから」


「流石だぜ相棒。んじゃまあ、くさい芝居も抜きにして終わりに向かうか。正直飽きてきたところだったんだ」


「君っていつもそうだよね。いいこと思いついたっていうわりには、最後まで説明したがらない」


「俺は人間の性癖の根底に共通するものは、好奇心だと思うんだ。探求心といってもいい」


「好奇心に探求心ね」


「ここで一つ質問をしておく。才賀、お前はおっぱい揉んでみたいよな?」


「あたりまえだ」


「わかったうえで聞くが、揉んだ経験はあるか?」


「ない」


「そう。おそらくだが、お前のその異常なまでのおっぱいへの執着心は、まだ一度もそれに手が届いたことがないからこそのもんじゃねえかと思うわけだ。いつも画面越しでしか見れない、零と壱の集合体でしかないおっぱい。柔らかいとは聞くがどれほどのものなのか。自分が思い描いている感触とはどれほどの差異があるのか。どんな匂いがするのだろうか。揉むことができた時、自分は一体どうなってしまうのか。知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい」


「そうだね。もしも、いつでもどこでも好きなタイミングにおっぱいを揉むことができる世界線に生きている僕は、それほどおっぱいに固執はしなかったかもね」


「そう。手が届かない。見えない。触れない。想像するしかない。だからこそ、そそられる。そして、今、誰もがマスクを常時着用していることから導きだされる結論は……」


「隠されてしまった顔の下半分、口元や鼻筋に、好奇心が刺激される」


「そう、このマスク時代が続けば、いずれ人間の性癖が歪曲してきてもおかしくはない。実際どうだ? 最近、マスクをしていないと羞恥心を憶えるようになってきていないか?」


「たしかに、あまり人前でマスクを外したくないって考えるようになってきたかもしれない」


「今は、感染対策を怠って、周りに迷惑がられるのが、嫌だからそう考えているのかもしれないが、いずれみんなそのことを忘れる。もはやマスクをするのが当たり前になってきているからだ。そのうえで、マスクを外すのが恥ずかしい。どうしてかはわからないが、なぜだか恥ずかしい。こうなったらもう、人前で裸体を晒すことに羞恥心を憶えるのとなにが違うってんだ?」


「いつのまにか、マスクの内側を誰もが見せるのを拒むようになり、それと同時にマスクの内側を覗き見たいという好奇心がうまれる」


「マスクは感染対策エチケット道具から、見られたくないものを隠すための道具へ。マスクという名前はいずれ顔ブラジャーに改名されることになるだろう。男女の行為に臨む時、まず最初に相手のお互いのマスクを外してあげるところから始まる。もうその瞬間から、両者ともにドキドキだぜ」


「ま、僕がおっぱいを好きでなくなることはありえないけどね。でもたしかに、将来僕以外の人間の性の興味が顔の下半分に移っていく可能性はあるのかもね。うん、今回はなかなか納得のいく話だったよ。面白かった。三百円あげよう。ハーゲンダッツでも買うといい」


「まいど。…………それよりさ、そいつ……いつ、自由にしてやんの?」


「ん? あー忘れてた。殺されかけたからとりあえず、拘束しておいたんだけど。しかるべきところに連絡する前に、君が来たからさ。長い間、僕らの滅茶苦茶な話に付き合わせちゃて申し訳ないね。まあ、殺人未遂の刑罰ということで許してくれたらいいんだけど」


「いや、悪いのはお前じゃねえか。お前ののがいけないんだろうが。……ほら、どこのだれかは知らねえが、この三百円、姉ちゃんにくれてやるから、今日はもうハーゲンダッツ買って帰りな。それと本当にごめんな、こいつのせいで……」


「あーあ、逃げちゃった。いいの? 結構な美人さんだったけど。警察に突き出す代わりにちょっといいことさせてくれとか、脅迫しなくて」


「ドアホ。《殺人鬼組合》とか《犯罪マニア》の連中とかだったら、そういうことも考えなくはないが、何の罪も犯してねえ一般市民にそんなことすんのは駄目に決まってんだろ。幼稚園児だってわかるぞ」


「冗談だよ。もちろんそんなの理解しているともさ。全部全部、なんだから……」





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