【Look me up】

きむ

【Look me up】



美生みおはまるでお月様だねと彼は言う。


彼は私を可愛い可愛いとお姫様みたいに扱うから好き。

「あたしがいなくなったらどうする? 」

彼の好きな甘ったるい声で聞いたら、私を優しく抱き締めて耳許で低く――これまた酷く甘く――うたう。

「探すよ、見つかるまで探す」

美生がいなきゃ生きていけない。

彼はか弱く愛おしい、駄目な大人。


うって変わって彼女は言う。

「どうもしません」

なにを馬鹿なことをと前置きしてから。

一瞥すらくれず。

「探しに来てくれないの? 」

シャツを掴んで見上げてみたって、甘い顔ひとつ見せてくれない。

「そのときは、ようやく私を解放してくれるんでしょう? 」

そして私のおでこをこつんと拳で小突いた。

「壊れちゃう前に美生さんのおもちゃを止めたいの」

彼女はドライで逞しい、正しい大人。



そんなふたりを愛して大人になりきれない私。

欲しいと思ったものは全部手に入れたいと強請ってばかり。

天下無敵の幼い少女のように、とびきり甘やかして欲しい。

今回のことだって、あと少し愛が欲しかっただけ。



――探さないでください。

彼に送って、しばらくしてから彼女にも送信して想い出の公園で待つ。

初めてキスした場所。

彼とはそのままホテルへ行った。

彼女は、酷いと一言私をなじってその場に立ち尽くして泣いた。

どちらも私の大事な想い出。

彼の仕事が終わる18時を少し回ってから送ったメッセージ。

現在午後19時40分。

じわじわと鳴いていたセミが声をひそめ始めた。

空が茜色に染まり、母親に手を引かれ帰っていく子供たちを見送っても、彼は一向にやって来ない。



現実はこんなものだ。彼には当然のように仕事があるし、もっというなら家庭がある。



それでもいいから愛してと泣いたのは私。

都合のいい私。

そんな私を鼻で笑った彼女。

こんな私を愛してと泣いたのはやっぱり私。

酷いと涙ながらに言われた私。

ほんと、酷い女。

泣けば愛が許されると思っている。

やって来る夜と去ってしまう昼のグラデーションがかった空まで私を責め立ててくるような気がした。

帰りたい。

でも何処に。

愛しの彼からは何の連絡もない。

彼女を突き放したのは私だ。


自分が小さな子供じゃないことなんてもう分かってる。

彼にとって都合のいい女だっていうのも。

彼女にとても酷いことをしてるのも。


「見つけた」

聞き慣れた声に振り返れば汗だくの……彼女。

初めて目にしたこの子の慌てた顔。

「いなくなっちゃったのかと」

息も絶え絶えにそう言ってからきつく抱き締められた。

「どうして? 」

シャツが身体に貼り付いて少しひやりとした。肩を大きく上下させながら彼女は言う。

「だって今日、新月だから」



この子もまた、私を月のようだと言った。



あんな甘言を信じていたのは私だけで。

あんな妄言を心配していたのは彼女だけで。

もう、酷いことをするのは止めようと固く心に誓って彼女を抱き返す。

「あの人とは別れるね」

すると彼女は力を緩めて顔を見せてくれた。

いつものしっかり者の正しい大人は何処へやら。あのときと同じようにぽろぽろ涙をこぼしていた。

そして掠れた小さな声で、そうして下さいと呟いた。

もしかしたらこの子だって、心の中ではただのあどけない少女で、でも意地を張って欲しいものを欲しいと言えないだけだったのかも。私の中の少女とは違って、彼女の中ではおさげを卒業しようか迷うようなセーラー服着た難しい年頃なのかも。

そこまで考えてようやく我に返って彼女の涙を拭ってやる。

「ここではいつも泣いてるね」

笑ってみせたら、誰のせいですかとまた拳でおでこを小突かれた。

触れた手が熱い。その手を掴んで口唇を落とす。


今までの分、先に大人になってあげよう。

こんなふうに甘えられてしまったら、もう子供には戻れない。


だって、強かなあなたの弱い部分を抱き締めてあげられるのは、きっと私だけでしょう。




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【Look me up】 きむ @kimu_amcg

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