開拓時代のアメリカ西部にいた一人の侍が書いた手記

白兎追

第1話

 いったいどこから書けばいいんだろう? そもそも

英語で文章を書くのはまだまだ苦手だ。果たして上手く書けるだろうか? これを書くのは妻や子供達に勧められたからだが、そもそも家族以外にこんなもの読む奴はいるのか?

 まあ、いいさ。ひょっとしたらこれを見つけた誰かが、いつか日本語に翻訳して世に送り出してくれるかもしれないしな。

 俺の名は池上源之助。仙台にある苗代藩の御番頭300石取りの家に産まれた。といっても次男だった俺は、自分の家を持つために、つまり良い家に婿養子として迎えてもらうために、剣術に勉学にと若いうちからかなり気を吐いていた。だが人生なんてものはそう予定調和にはいかない。

 お家騒動に巻き込まれた俺は、あえなく遠島(島流し)の身となった。家は石高を半分に減らされたとはいえ、お取り潰しを免れたのは幸運だった。一方俺はといえば、遠島先の小島を目指す舟が嵐に巻き込まれ転覆。たまたま通りがかったアメリカの鯨取り船に拾われたはいいが、結局その船も船長と船員達の間で血なまぐさいやり取りがあり、廃船が決定。かくして俺は他の船員達と共に、アメリカはサンフランシスコの港に降ろされることとなった。実に1875年のことだ。

 日本に帰る気はなかったし、帰れるとも思ってなかった。そこで俺はアメリカで生活していくことに決めたが、これは当初考えていたよりはるかに大変なことだった。

 最初はサンフランシスコの港町にある船会社で船大工の手伝いをしていた。だが英語もまともにできない上、白人ではない俺の給料はかなり安かった。野宿しながら、夜は食事の余り物を店から買って生きていくのが精一杯。おまけに夜ともなれば、白人達から(ああ、時には以前同じ船に乗っていた船員達からも)喧嘩をふっかけられる始末だった。腰に刀を差していない俺は、ただ闇にまぎれて逃げるしかすべがなかった。

 このままじゃジリ貧だ。

 俺はもっと田舎に移ることにした。田舎なら魚を釣ったりして食費を抑えることもできるはず。田舎なら喧嘩をふっかけてくるような人間の数も、もっと少ないはず。

 俺は西部の開拓地を目指すことにした。


 カルフォルニア州ゴールデンスプリングス。人口500人ほどの町。ほとんどの住人は白人。それが俺の辿り着いた町だった。鉄道の線路が近づいてはいたもののまだ開通はしておらず、周りを森や草原に囲まれた発展途上の町だった。

 できれば白人の少ない町がよかったが、そう都合良くはいかない。

 俺はまず、個人的なつてをつくることから始めた。

 町外れに若夫婦(といっても俺より2つ、3つ下といったところ)の農場を見つけると、近づいていって仕事を手伝わせてくれと頼んだ。それくらいの簡単な英語は話せるようになっていた。

 若夫婦の女房のほうは俺をインディアンと勘違いしたらしく、すぐに猟銃をぶっ放そうとしてきたが、亭主のほうはよほど人手が必要だったのか、土の開墾と引き換えに夕食を出すと言ってきた。 

 半日近く鍬をふるって夕食の堅パンと豆のスープ、鹿肉のステーキをご馳走になるだけという効率の悪さだったが、仕方ない。

 俺は農場の近くに野宿しながら、3ヶ月近くその農場に通い、鍬をふるい続けた。お代は夕飯だけで。当時のアメリカでは耕した土地は耕した人間(ここでいう人間っていうのは基本的に黒人、インディアン、女は除いてって意味だぞ)のものになる。3ヶ月も経つ頃には、夫婦は俺をかなり信用してくれていた。

 もちろんこの3ヶ月、俺はただ鍬をふるっていたわけじゃない。たとえば蔓草や、細長い雑草を乾燥させたものを利用してのロープ作り。一本一本は短いが、俺はそれらを器用に結び、束ね、丈夫で長いロープや紐を何本も作った。様々な太さ、長さの、固いもの、柔らかいものをそれこそ何本もだ。このロープに折れた木を組み合わせたりしながら、さらに色々なものをつくった。たとえばハンモック。これはアメリカに来てから知ったものだが、地面で寝るよりずっと心地がよい。魚捕り用の罠も。日本にいる頃も、遊びで鰻を捕まえるのに作ったっけ。背負子、草鞋、編み靴、蓑、編笠、さらには細い紐とイラクサのトゲを使って、服のほつれを直したりもした。罠を作ってイノシシを捕まえたりもした。日本にも燻製料理はあるが、アメリカにも同じような調理法がある。ハムというやつだ。俺は石斧で肉をばらすと、折れた枝を組み立てて燻し用装置を作り、楢の木で燻した。こいつは自分で食べるほかに若夫婦に引き取ってもらい、古くなった手斧や裁縫針、いらなくなった布切れをかわりにもらってきた。服の換えはなかったので、川で洗っといる間はいつも裸だったが、褌の換えができたのはありがたかった。

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