トワイライト・シティ
fushimi
世界が終わる前のこと
ーーもうすぐ世界が終わるのなら、私は……。
朝焼けが夕焼けのような茜色に染まった頃、私は目を覚ました。
昨日の夜の体温はもう忘れてしまった。だから、全部嘘みたいだと思った。だけど、隣で眠る彼を見て、変わってしまった私たちの関係の、その事実だけをただずっと見つめていた。
「ねぇ、そろそろ起きなよ」
少し揺さぶってみる。気だるげな呻き声だけあげて、まるで猫みたいに丸まったその背を見て、私はため息を吐いた。
窓の外、なんだかおかしな空の色を遠く見つめていた。それにも飽きてしまって、スマートフォンに手を伸ばす。
眩しい画面に目を細めた後、ネットニュースを埋め尽くしているある話題が目に入った。
『世界が終わる』
どの記事もそんな馬鹿げた言葉が見出しに入っていた。私はそれがどうでもよくてなんだか笑ってしまった。
「ん……おはよ」
やっと彼が目を覚ます。上体をゆっくりと起こして、もう慣れてしまった関係を撫でるような欠伸をして、そんないい加減な彼を見て、不思議と心が落ち着いてしまう自分がなんだかかわいらしかった。
「ねぇ、世界が終わるらしいよ」
彼は酷い寝癖を気にも留めないで、煙草に火を点けた。
「なんだそれ、また誰かの終末論みたいなやつ?」
どうでもいいなって、煙を吐いた。
「ネットニュース、見てみなよ。全部そのことばっかだから。もう、明日は来ないんだってさ」
スマートフォンを見た彼は、ほんの少しだけ驚いた表情を浮かべたあと、俯きながら、そっか、とだけ言った。
「なら、俺と居んの?最後の日なら、あいつと過ごさなくていいのか」
彼は私と目を合わせずにそう言った。
「ねぇ、それ美味しいの?」
「ん?」
「煙草、私も吸う」
本気か?と言いながら彼はまた気怠そうにもう一本、煙草に火をつけた。
「だってほら、もう世界が終わるのなら、きっと私が煙草を吸っていたって誰も何も言わないでしょう」
ほら、と彼が私に一本差し出した。私はそれを咥えて、ライター、火、付けてよ、と言う。その顔をそっと彼に近づけた。
そんな私の煙草に、彼は自分の煙草をそっと重ね合わせた。じっと見つめ合った後、白い煙が揺蕩って、私は少しだけ噎せてしまった。
「知ってる?シガーキスって言うんだ、これ。コツが要るって聞いてたけど、案外簡単にできるもんなんだな。あっ、あんま無理すんなよ、最初はそーやって噎せるもんだからさ」
そうやって笑う彼を見て、その煙草のほんの小さな温もりに触れて、私は彼の体温を、その指先にそっと思い出した気がした。
狭いワンルームの外側では、人々は世界の終わりを嘆いているのだろうか、また、喜んでいるのだろうか。
だけど、その内側にいる私たちにはそんなことどうでもよかった。
これは、世界の終わる前のこと。それでも素直になれなかった、私たちの、最後の物語だ。
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