選択と未来と

春ノ夜

第1話

この世には2つの世界がある。

周りに合わせた世界か、合わせなかった世界か。

僕は2つの世界を行き来できるようになった。

しかしそのタイミングは自分で決められない。1日で往復することもあれば、年単位で片方に残ることもある。


「輝夜。今日の帰り遊んで帰ろうぜ」


「いいよ。どこに行くの?」


「カラオケかな。明日は土曜日だし、時間ギリギリまでいけるだろ。金はある?」


「ギリ足りるかな」


「まぁ、足りなかった出してやるよ」


「助かる。他に誰と行くの?」


「咲耶と舞戸かな。浅羽は金ないらしいからパスだってさ」


「了解。じゃあまた後でな」


とある金曜日の昼休み。卓也と放課後遊びに行く約束をした。明日には検定がありながら、遊びに行くのを断れずに、いや、断らずにカラオケに行った。

8時までカラオケにいた僕は、結局試験勉強をしないまま、検定に臨んだ。


後日言い渡された結果は、当然ながら不合格。

それを知って、卓也達はまたカラオケに誘ってくれた。「ドンマイ」「気にすんなよ」「次があるって」「別に死ぬわけじゃないんだから」

など、慰めの言葉をかけてくる。


大学受験に向けて、合格しなくちゃいけなかった。不合格を受けて、僕は第一志望を諦めた。

第一志望の大学より、第二志望はかなりレベルが下がる。その大学には行きたかったわけじゃない。第一志望の大学に行くつもりだったから、第二志望なんてどこでもいいと思っていた。けれど、とりあえず大学は卒業しておきたくて進学した。


大学に進学して、とりあえずの目標は公務員になった。市役所とかで働くのもいいし、教師になってみたいとも思った。

しかし僕は留年した。4年生となって、公務員とはいかなかったけれど、地元のそこそこの企業に内定を貰った僕は、油断して遊び呆けてしまった。結果卒業に必要だった僅かな単位すら取りこぼして、内定取り消し、そしてもう一度4年生をすることになった。


「輝夜今日飲みに行こうぜ」


久しぶりの卓也からの連絡。卓也は高校卒業後、地元の大きな企業に就職して、今は部長まで出世したらしい。


「うん。いいよ」


僕は大学卒業後、就職先が見つからずコンビニでアルバイトすることになった。

コンビニの面接も2度、3度落ちて、4度目でやっと受かることができた。


「最近奥さんとどうだ?」


こんな僕だけど、32の時結婚した。幼稚園からの幼馴染みで、どうしようも無い僕を救ってくれた。

彼女は公務員で、僕の正反対のような人だけど、なんで僕と結婚してくれたか未だに謎だ。


「相変わらずだね。勝てるとこがないから、しょうがないんだけどさ」


「まぁまぁ。その奥さんのおかげでこうして飲めてんだから感謝しないとだろ?」


「もちろん。感謝はしてるよ。いつでも」


こんな僕が結婚して、卓也が独身だなんて、この世の中謎だと思うけど、むしろこうやって世の中バランスがとれているのかとも思う。

その日は2人で卓也の家で飲み直して、僕はそのまま寝てしまった。


ビピッピピッピッ

ピピッピピッピッ


誰もいない部屋で、アラームだけが鳴り響く。

5分前にも止めたばかりだが、また鳴り響いている。

起こしてくれる妻も、ましてや子供なんていない。

1人、マンションの自室で目を覚ます。


「変わったのか…」


検定を取って、第一志望の大学に入学して、卒業後国内有数の企業に就職。立場はそんなに上じゃないけれど、そこそこいい額を稼がせてもらっている。


そんな世界線の僕。


勉強を頑張って、結果繋がりを捨てることになった。卓也となんて、高校卒業からずっと連絡をとっていない。結婚なんてもっての外。出会う暇はあっちよりあるはずなんだけど、全くいい人に出会えていない。

あっちの奥さんが、こっちではどうしているか分からない。独身かもしれないし、僕ではない誰かと結婚しているかもしれない。彼女が誰かと結婚していたとしてもそれを非難する資格もないけれど。


「暇だなぁ」


完全週休2日制の会社。だから土曜の今日は暇がある。あっちなら、高校時代の友人や奥さんと何かしているんだろうけれど、こっちにはそんな友人はいない。


「仕方がない。飲みにでも行くか」


いい歳した大人が真っ昼間から飲み歩くのはどうかと思うが、やることがないから仕方がない。

1人ふらふらと町を歩く。付き合いで飲みに行くことも少なくないから、知ってる店は少なくはないはずだが、この時間帯からやってる店はそれほど多くない。


ふとこちらに向かって歩いてくる家族が目に入った。旦那さん、子供、そして奥さんに目を向ける。

奥さんの顔を俺は凝視してしまった。

凝視しなくても分かっていた。あっちの世界の姿と全く変わらない妻の姿だった。

彼女は笑顔で、家族3人歩いていた。

僕は思わず足を止めたが、そんな僕に目をくれずに3人は歩いていった。


そこから記憶が少し飛んだ。

こっちでも彼女と出会って、結婚する。なんて夢を見ていた自分がいたことに気づいた。

彼女が僕を思ってくれていると、そんな都合の良い妄想をしていた。


そんな都合の良い現実はない。

自惚れがなくなった僕は、より仕事に励むようになった。楽しいとまではいかなくとも、充実した日々を送った。


そしてまた世界が変わる。


「良いやつだったよなぁ…。ほんとうに」


咲耶と舞戸、浅羽が同じ席で酒を飲んでいる。

今日は卓也に線香をあげてきた。卓也の弟が喪主を務めて、葬式が執り行われた。

弟とは面識があったが、互いにあまり知らないから、線香だけあげてお暇した。


「あいつのおかげで楽しかったよ」


こっちの俺がこんなに充実しているのは、間違いなく卓也のおかげだ。


「咲耶と舞戸、輝夜とは高校だけの付き合いだと思ってたから、こんな長く付き合うことになるとは思ってなかった」


普段無口な浅羽が言うと重みがある。


「楽しかったろ?」


「あぁ。間違いねぇ」


「お前らとダチになったのは、俺の人生で数少ないプラスだよ」




「お爺ちゃん!お爺ちゃん!」


「親父!耐えろ!まだ生きろ!」


孫が、息子がベットの脇から俺を呼ぶ。反応しようにも手が動かない。咲耶、舞戸そして浅羽は少し前に逝った。俺もそろそろかなと思ったら、そこからはやかった。


気がついたら病院のベッドの上。声も出せない、体も動かない。けれど周りの、家族の声は聞こえる。


親父!お爺ちゃん!お義父さん!じじ!


みんな泣いてるかな。泣いてくれてると良いな。それを確認することは出来ないけど。



俺は死んだ。それでも世界は変わる。



「輝夜さん?入りますよー?」

ホームヘルパーさんが、家に入ってくる。けれど、俺の体は動かない。

俺の様子を見て、ホームヘルパーさんは悲鳴をあげながらも、救急車を呼んでいるのか、必死に住所を教える声が聞こえる。

救急車が来て、俺は乗せられる。

ホームヘルパーさんもなぜか乗っている。


「輝夜さん頑張ってください」


客というだけの俺と、赤の他人のホームヘルパーさん。死ぬ時だけど、1人じゃなくて良かったと思う。1人で死ぬのは寂しい。

家族じゃないけど、友人でもないけれど、誰かに見送られる。それで少し救われた気がした。

俺は意識を手放した。




「輝夜。今日の帰り遊んで帰ろうぜ」


「…?」


「おい、何ぼーっとしてんだよ。帰り遊ばないか聞いてんだけど」


目が覚めた。どちらの人生も終えた俺にもう目覚める理由はなかったから、現実を認識するのに時間がかかった。


「どうした?調子悪いのか?なら来なくてもいいけどよ」


心配そうに卓也が顔を覗き込んでくる。しかし俺は拓也を気にする余裕はない。さっきまでのはただの夢だったのか。それを考えることで精一杯だ。

さっきまでのは夢?がリアルなら、俺はこの後カラオケに行ったら検定に落ちる。行かずに勉強すれば受かることができる。

そして俺は考える。落ちた方の未来が良かったのか、受かった方の未来が良かったのか。

正直。結論を出すのは難しい。俺個人で言えば受かった方が良かった。けれど周りの人の環境も含めれば落ちた方が良かったと思う。

一長一短で甲乙つけがたい。

この先の未来があの夢のような道を辿るのかは分からない。だけど、その選択肢はいつでも僕が握っている。

正しい未来なんてないんだろうけれど、良い未来は目指したいと思う。

さぁ、今の僕はどっちを選べばより良い未来に繋がるのか。

それはきっといつかの未来で分かる。









































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