種(8/15改稿)
あたり一面に広がる砂丘の上…座り込んだ私の身体は地面に対して沈んでる。自然に帰した濡れた種は、砂をかぶされ嬉しそうに思えて見送った。
陽が落ち夜を迎えたころ、風が昼の余韻を残して吹いてくる……。
私に砂という知識はあるものの、歩くたびに足元を揺るがすその性質に「優柔不断だ。」苛立った。座った時のこの感覚さえもぎこちないと苛立った。それはこういう時だけ「やさしくするな。」と心が声にする。
--会社から飛び出した瞬間が湧いてきた。湧いてきたのは飛び出した時の心情ではなくて、飛び乗りしたバスの椅子の感触だ。その時の椅子はこの砂のように私を包み込み、親の腕に抱かれたかのように懐かしさを思い出させる。今まで私が通勤時に座っていたバスの椅子なんて、人々を乗せ疲れているのかスポンジで硬く引き締まっていた。なんなら眉間にシワを寄せたのか?と想わせんばかり布切れに、ただ座らされているかのような感触だった。なぜこんなにも哀愁漂わせたのか--。
海で濡らした髪の毛が形を崩し下へ伸びていく。ジェルで整えていたその意味も、いまや童顔な顔付きで頼りない。ふわっとさせるようなそよ風が、私を慰めようと包み込む。首もとではずした第一ボタンから風が入っては、腕や胸や背中を撫でていく……。愛しい。生まれてこなければと考えるが、この地球に生まれてこなければ大気が薄く、または重力が強く、はたまた温度がきつく……地球だからこそ言葉に出来たこと。
………ただ、私はいまの地球が嫌いだ。
しかし地球もまた人間を嫌いだ。
脳裏に焼き付いていた切れ味のいいハサミの音が、フラッシュバックとともに植物が葉を落とした。落とされた葉は私に怒るかのように、利き手に匂いをつけて呪いをかけてきた。だけど私よりも残酷な人がいる。ここから責任転嫁をしていきたい。
いまや地球にある、あるものに対して恐れてる。人間はこの出来事をひとつの原因にして攻め立てるが、地球もまた意思をもって私たちに怒っているのではないだろうか。たかがウイルス…されどウイルスで、地球は人々を家にへと閉じ込るように仕向けていった。それは傲慢な人間に自然の破壊をこれ以上させないようにと。追及不可能のウイルスは人間社会を脅かし、人間が色々としてきたように、地球もまた自然を発展させようと人の流失を食い止める。快適な生活をしてきた人間に、本来感じるべきだった暑さを最高気温で叩きつける。いつでも喉を潤せる水道は、極端に降らせ困らせる。それでも歯を食い縛る人達に、地盤を揺らし天からは火を降らし怒り散らした。自然は恐ろしいとはよく言ったもので、自然を敵に回すと元に戻すのが難しい。結局は人間が太刀打ち出来る話ではなく、地球という生命体にあぐらをかかないように感謝をしていくべきなのだろう。自然の恵みがあり、初めて私たちが成立するのだから……。
大地が揺れたあの夜を、誰かと一緒で私も眺めていた。人間社会が自然から切り離されたとき、普段の仕事帰り聴こえなかった虫たちがここぞとばかりに話していた。街路に植えてある木々たちがいつにも増して幸せそうだった。小さい時にキャンプした時に見た森の木のように、街路樹が凛々しく見えていた。そんな日を、誰かはなにか気付いていただろうか。
私はあの夜にも罪の意識を受け取った。星がうるさいほど自己主張をしていたあの夜に、修学旅行の思い出が湧いてでた。学年全体で山から都会の街並みを見下ろして「キレイ。」と口にした。車が流れる姿を流れ星だと呟いて、住宅に灯るオレンジ色の明かりを一つの夕陽だと眺めてた。だけどそんな尊さより、何万光年と離れた光が私に届いていることに涙した。今観ている光なんて、スマホを使っても届かない。そんな光が私の眼中に届いてる。まぶたを閉じた瞬間にあの星がもしかしたら消えているかもしれないという儚さに、都会で消されてしまう悔しさに怒りの気持ちを掻き立てた。人間の進歩は褒め称えるものだけど、『何万光年』という貴重さを私たちは見逃してはならない気がする。ただ正しいことが何かと決めつけなければ、罪を作らずに生きることも出来るだろう……。
私は自然を人間の手で何かをしてしまうことに罪悪感を覚え、感情の行き先を見失った。そしてそれはいつからか会社で育てている植物のカットの残酷さに辿り着き、私は作業をする度に眼を閉じた。草花の手入れをするという行動は趣味や知識として身に付いていたが、仕事の一部として作業指示になったときスイッチが入ったように体が動かない。リーダーから指示を貰ったその際も、安易に「はい」という自分に恐ろしさを隠せなくなった。要するに私がしなきゃいけないのは社会の需要と供給との狭間で生きること。業務として自然をカットする。たとえばその苗を活かしてあげるために時間を割くのではなく、最低限の労力でカットする。たとえその苗が私のカットで傷付こうが亡くなってしまおうが社会に影響はなく、苗が生きたいのであれば、苗自身で上手く生きることこそ求められる。運命をうまく利用したいのなら、苗自身も生き方を選択する必要があるということ。切られる痛さが怖いのであれば、水を吸わずに枯れればいいのだ……。
私の想う命の尊重なんて、誰も求めてない。社会の上での人生選択を求められている。
--だから私は自分の書類を社長のところへと持って行った。隣で笑みを見せてくれた社長を裏切って、上司という名の人物を踏みにいじって『私をカットするか』『植物をカットするか』を問いかけた。私の怒声の大きさは、帰宅しようと準備していた従業員たちの耳まで届き事務室傍までへ集まった--。
色んなこと経験させてくれた社長を利用して、私は何をしているんだ?…だけど私は、我慢が出来なかった。
脱ぎ捨てたスーツジャケットは、海に揉まれ底へと沈んでいく……。肩幅に合わせ胸元に拳を作り、ジャストサイズだったグレー色のスーツジャケット。ただ私の姿勢が崩れ猫背になりカッコ悪い姿にしかならなかった。良いことなんてひとつもない。
大きな悩みが、この砂のように小さく出来たのならどんなに良かったのだろう。大きな意志が、大きな石のように川を下り角を丸くできたらどんなに良かったのだろう。岸を削り、土地を荒らし、しかし命に恵みを与え、海に辿り着けたのならどんなに幸せだったのだろう。
海に溶けないプラスチック、砂の城の旗はどこにいったのだろう。
海辺に流れ着いた木屑、原木はどこにあるのだろう。
砂丘にたたずむ人間の屑、私はどうしてこうなってしまうのだろう……
砂丘を覆う空の星は、私の想い出の屑と程遠い。
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