砂丘
奥野鷹弘
序
水平線(8/11)
私はいま、生きている…
私はいま、酸素を取り込み水分と体温を調節しながら生きている……
人の波に洗われて、奇岩のように立ち尽くし海を眺めている。
夕方の海は生暖かい。
このまま奥へと踏み進めれば、求めていた冷たさを感じられるのだろうけど…あと何日か経てばそこへ行かずとも、この場で休むことは出来るだろう。
私は想う--。
念願だったスーツはあまりの暑さで砂浜に投げてきてしまった。結ぶことの出来るネクタイも、クールビズスタイルになって役立たなくなっていった。給料から叩き出した買った本革靴も、研修の積み重ねで靴底が磨り減り分解していった。新卒ではない私だからこそ、持ち歩いていた知識の入ったビジネスバックのファスナーが、バカになり情報過多でごみ袋になっていった……
私はいま、どこにいる……
私はいま、海の中で佇んでる--。
風に吹かれて波立つ水面に、顔を写してみたところで本当の自分なんてわからない。人間は二本足で立てるように、構造は出来ているけど押し寄せる水圧に負けては倒れかける。ひざたけくらいまである海に八つ当たりをしたところで、砂は舞うが地球全体に怒りを伝えさせることなんて出来やしない。まだ自由でもあるこの右手で、心臓に拳をぶつけてみたところで自動販売機のように感情が転げ落ちることなんてありやしない。
だから私は………両手で海水をすくって口へと運ぶのだ………。
これでもかと塩分が含まれた水を呑み、思考を窒息させるかのように仕向けて死に急ぐ。
『むせてもいい。』と、これでもかと掬いあげたこの海水を、強欲な口に向けて塞いでく。
夕陽で照らされた海の色、どことなく赤くて血のようだ。
口から吹き出された海水は、音をたてて私から逃げていく……。
海沿いを歩いてきた足跡は、波か何かで消されてる。振り返ったところで足跡も無いのなら、私の帰る場所は何処だろう…もしかしたら自由なのだろうか…
水平線の奥まで歩けるのなら、私は何を達成しているのだろう--
このまま波という名の人の波で洗われて、足元を崩したのなら、奇岩が倒れたかのように大きな水しぶきが作れるのだろうか…。その水しぶきが太陽によって、魔法が発動し虹を作れたのなら、私はいま海に身を預けても悔いはない。
「夏よ、
海を暖めてくれた夏よ。
私はここにいる。私は海に浸かっている…………
潮の満ち引きであなたを嫌いになりそうだけど、この海で私は独りじゃないと知りました。
私の含んだ一口に、西側から運ばれた山水を感じました。
私がむせた一口には東から流れた人工の水がお腹を刺しました。
私が置いてきた小物たちは、心中と会話している間に沖へと流されました。
海よ、
遥かな海よ。
あなたに想いを託します。
私の意志を波で小さく削り、私に夢をこの海で築かせてください……。」
陽が沈み、月が顔を見せた頃。
静かになった海は白いあぶくだけを砂浜に残し、まだきれいな水だけを海に戻した。海はまた大きな水平線を描き始めた----
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