第35話 御役御免

「な、なんで…」


 アストルの攻撃で折られた鼻を手で押さえ血を流しながら驚愕の表情をしながら疑問を口に出す、なぜ自分の攻撃が効かなかったのか、相手の服は溶けているので攻撃事態は何の問題もないはず


 なのに目の前のゴブリンは五体満足でぴんぴんしている、この状況で混乱せずにはいられない、その為


『フンッ』


「ぎゃ!ぐはっ!!」


 突然生じる脇腹の痛みに苦痛の声を漏らす健吾、何が起きたのか確認するために痛みの発生源を見る、そこには深々と刺さる木の槍がありそれを持っているのが今の今まで忘れていたもう一匹のゴブリンであった


「ぐ、クソが!!」


 怒りに任せて拳を振るうも槍とのリーチ差で届かず空振る、もがけばもがく程傷口が広がり痛みが増す、既に健吾の足元は血溜まりが出来ていて相当量の出血が見て取れた


 そしてついにはあがく気力も付きその場に膝をつく、ガタガタと震え青ざめた顔が絶望に染まっていく


「ま、待て、助けてくれ、あや、謝るから、改心するから…ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 ついにはその場に蹲って謝罪の言葉を狂った様に繰り返しだす、そんな相手を見てオルトとアストルは互いに目を合わせる、オルトからは明らかにどうすればいいのか分からないという困惑が伝わってくる


 アストルは健吾と違い相手を苦しませて喜ぶ趣味は無いので止めを刺そうと近くに寄る


「…かかったな間抜けめ!死ねぇ!!」


『かかる訳無いだろ』


 近づいてきたアストルに一矢報いようと襲い掛かった健吾だがそれを見越したアストルにあっけなく避けられ風魔法で頭を落として止めを刺した


『あっけなかったな、正直もっと苦戦するかと思ったけどな』


 予想以上に上手くいった戦闘に若干の困惑はあるもののそこまで気にする事ではないと切り替える、そしてそこで気付く




 ~???~


「…っは!?ここは!?」


 既視感のある真っ白な空間、何もなくただ自分の意識だけがそこに存在していた


『お早いお帰りですね風見謙吾』


「お前は!どうなってやがる!何であんなバケモンが最初の森に居るんだよ!!!」


 健吾は目の前に上機嫌で現れた美女に苛立ち声を上げる、これから始まるはずであった自分の完璧な第二の人生に綻びがありそれが目の前に居るこの女のせいだと本気で考えているのだ


『そんな事知りませんよ、貴方自身が弱いにもかかわらず危険の多い森の中に留まったからでは?』


 美女は健吾の怒りなどどうでもよさそうに切り捨てる、この事にまた健吾の怒りが

 溢れるが今度は声が出ない、耳障りな声をこれ以上聞きたくないと封じられたのだ


『大役ご苦労様でした、貴方の役目は無事完了です、これからはあるべき所に戻り安らかにお過ごしください』


 健吾はいったい何を言われているのか分からなかった、もう一度あの世界に行けるのかと一瞬思ったがそんな雰囲気ではない、何故か今無い筈の背筋に冷たい物が流れる悪寒が走る


『貴方の本来居るべき場所とはおバカな貴方でも分かるように言えば地獄と言う場所です』


 美女は無垢な笑顔で心の底から嬉しそうに微笑み健吾に対して地獄行きを告げる、対する健吾は何が何だか分からず激しく動揺した


『本来貴方は死した後地獄に行くことは決まっていた事なんです、生前の貴方は傍若無人で傲岸不遜、他者を慮る高尚な精神など一切持ち合わせておらず、そのせいで自ら命を絶つ者も現れる始末、最後は自身が蒔いた不幸によって刺されて死ぬ、ここまで地獄が似合う人も珍しいですよ』


 健吾の生前を語りながら冷え切った眼で見据え捲し立てていく


『今回たまたま貴方が選ばれてしまったから仕方なく送り出しましたが、まさか一月もたたず戻ってくるなんて、因果応報とはこの事なのでしょう』


 本来ならば「ふざけるな!」と叫び如何に自分が悪くないかを力説する所だが声の出せない健吾にはそれが出来ない、代わりに目の前の美女が意気揚々と楽しそうに健吾を罵倒する、まるで鬱憤を晴らすかのように


『はぁ、すっきり致しました、それではさっそく地獄に送還いたしましょう』


 ひとしきり罵倒して満足するとにべもなく健吾を地獄に送るための門を開く、健吾の真下に開いた地獄への門は禍々しく中からタコの足の様な物が無数に出てきて健吾を捕まえる


『それでは風見健吾、もう会う事は無いでしょうさようなら』


 最後は極上の笑顔で別れを告げられ一言も話させて貰えないまま地獄の門に引きずり込まれる門が閉まる一瞬だけ叫び声の様な物が聞こえた気がした




『ふふふ、これからどうなるのかますます注目ね♪』


 既に不快な男の記憶はなく新しく見つけた下界の観察対象を眺めながら美女は一人優雅に紅茶を飲むのだった

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