第40話 曝け出す
ルーファンがフォルトに連れられて集落を巡っている間、サラザール達はスアリウスから派遣された兵士達がいるという駐屯地を訪れていた。
「内部分裂ですよ。結構揉めてるみたいで」
「どういう事 ?」
現地の住民が作ってくれたらしい石の櫓の上にて、辺りを見回している兵士が集落で起きている事情を言う。サラザールはどうも気になって仕方がないのか詳細を求めた。
「今、酋長の座に就いているのはソライ・ラゲードン。先代酋長には二人の娘がいましたが、その内の姉にあたります。ですが集落の住民、特に年寄り連中は良く思ってないんです…理由は様々ですが、特にスアリウスと和解をしたがっているってのが気に食わないんだと」
「妙ね。確かリゴトの守護者達はスアリウスに対して強硬的な姿勢を示しているって…」
「リミグロンのせいですよ。酋長が和解をする意向を示した直後、使いを名乗るものが現れて脅迫をしたんです。”スアリウスに擦り寄ろうものなら、リミグロンが直ちに滅ぼしてやる。どちら側に付くべきかよく考えろ”とね。お陰で和解に関してはすっかり及び腰になってしまって…不安のせいか、リミグロンを支持し出す者達も増えだしたもんで、我々のような派遣された兵士も思うように行動が出来なくなってしまいまして。障壁の外側にあった駐屯地は全部壊された挙句、こうして障壁の内側に留まるように言われました」
兵士達から知らされたサラザールとジョナサンはハッとしたように目を合わせた。確かに障壁の周りにある筈だった駐屯地は無くなっており、兵士たちの出迎えも無かった。
「助けを呼ぼうとはしなかったの ? 状況を伝えることくらいなら…」
次の疑問をサラザールが投げかけると、兵士は首を横に振ってから自嘲するように鼻で笑う。
「そうしたかったんですがね。親リミグロン派の獣人達は、あまり騒ぎを大きくしたくないらしくて。連中によって荷物検査は勿論、スアリウスに送る手紙や書類は徹底的に調べ上げられるんです。本国から援軍や助けが送られたりしないように」
「無茶苦茶ね。奴らがどんな連中か知らないわけじゃないでしょうに。スアリウスの支配下に置かれるよりリミグロンに蹂躙された方がマシって事 ?」
「昔のいざこざのせいで、スアリウスを長年恨んでるジジババ共からすればどうでも良いんでしょう。どうせすぐにくたばるから、自分たちのしょうもない積年の恨みを晴らせれば未来の事なんざ構わないんです。しかしリミグロンも分からない。直接攻め込んでしまえば手っ取り早いだろうに、なぜこんな回りくどい事を…」
かなり束縛をされているのか、兵士たちも不満げにしていた。そんな彼らの話を聞いていたジョナサンは、リミグロンが何をしようとしているのかを考察していたが、やがて合点が行ったように指を鳴らす。
「そうか、酋長側が音を上げるのを待ってるのかもしれない…パージット王国への侵略以降、リミグロンに対する世論はかなり批判的になってる。お陰で、スアリウスの様な例外を除く他の<聖地>の保有国には警戒されっぱなしだ。そんな中でまた侵略を始めたなんて事が知れ渡ったら、自分たちが不利になると分かっている筈。だから秘密裏に圧力を掛け、この集落がスアリウス本国から孤立するように仕向けたんだ。情報の伝達が遅れるから、本国に気づかれる前に有利に事を進められる…実効支配でもして、資源の横流しだってさせられる」
「ですが、そのせいで集落の運営は支障をきたしてます。酋長を守る親衛隊以外の戦力はほとんど本国に取られてますし、生活に必要な物資も足りてません。不利な条件だったとはいえ、彼らも貿易をする事自体は好意的に受け止めてくれていました。それすら出来なくなってる」
「リミグロンにとってはそれで良いんだ。この集落にいる者達が飢え、衰弱しきった所で自分達ならすぐに助けてやれると持ち掛けるつもりなんじゃないか ? その代償として集落と<聖地>を事実上の支配下に置く…或いは皆殺しにした上で<聖地>を破壊してしまう。パージットの件を考えてみても、彼らならやりかねない」
ジョナサンは兵士達が感じていた疑問に答えつつ、今の状況がリミグロンにとって望ましいものであると結論付ける。しかし表情に険しさはなく、話し終えてから寧ろ小さく笑みを浮かべた。
「だが、彼らには誤算があった」
ジョナサンは櫓の柵にもたれ掛かりつつ言った。
「一つはスアリウスの議会と女王陛下が異変に気付かない様な間抜けではなかった事、そしてもう一つ…彼らが最も忌むべき天敵がこの場所にやってきてしまった事だ」
そう語って櫓から集落を眺めるジョナサンの眼差しは、オアシスの近くを歩いていたルーファンに向いていた。女王はお見通しだったのだろう。だからわざわざ自分たちを寄越したのだ。
「ところで…何で鴉なんですか ? あの剣士の異名」
いつの間にか隣に立っていた兵士が尋ねてくる。
「ん ? ああ…鴉には色んな言い伝えがあるだろ。神の使いだとか、不吉の前触れだとか…彼ならもしかすれば、リミグロンにとっては不吉の象徴として、そして人々にとっては導き手になってくれるんじゃないかと思ってだよ。それに…」
「それに ?」
「うちの会社の名前もレイヴンズ・アイだから。ほら、何か名付け親になったってアピール出来そうだろ ? 知名度使って新聞売れるかもしれないし」
「ええ…」
意外な形でジョナサンからルーファンの異名の由来を伝えられた兵士は困惑し、一方でサラザールは後で伝えて喧嘩でもさせてやるかと良からぬことを考えていた。
―――その頃、ルーファンはフォルトに連れられて水浴びに使うというオアシスへと足を運ぶ。少し離れた畑には橙色の皮を持つ果実が、地を這っている蔓に程よく実っていた。デコボコとしており、固くはあるが大人であれば手で割れそうなほどに脆い。
「これはハルシィボっていう果実。少し食べてみる ?」
手で皮を裂いて真っ二つにした後、鮮やかな黄色い果汁が溢れた。そんなハルシィボの欠片をフォルトは渡してくる。ルーファンは試しに齧ってみるが、柑橘類とは比べ物にならない様な強い酸味、そして舌を引っこ抜きたくなるようなキツイ苦味や渋味で口内が満たされた。
「すごい…味だな。その…なんというか…」
辛うじて飲み込みながらルーファンは感想を述べる。
「凄いでしょ ? まあ食用にはあんまり使わないけど」
「じゃあ何で食べさせたんだ…」
「いたずらに使ったりするから何となく。大丈夫だよ。基本は薬として使うか体を洗う時に使う物だから、全然体に悪くないし」
「成程…ってちょっと待ってくれ、何してるんだ ?」
彼女の説明を聞いたルーファンは、池の周りで子供達が裸になって戯れている理由が入浴のためであるとようやく理解した。そして感心しながら振り返った矢先、フォルトが皮で出来た装具や服を脱ぎ始めているのを目撃してしまう。
「何って、体を洗うんだよ ? ああ…リゴトでは昔から一緒に体を洗って身を清めることで、やましい事は無いって証明する風習が――」
「いやそこじゃない…君は女性で、俺はその…」
「男でしょ ? 見れば分かるよ」
「だから、いくら何でも互いに裸を見せ合うっていうのは…一応、異性同士で――」
「性別は関係ないでしょ。信頼してくれるかどうかを試すだけだし」
誰か助けくれ。貞操観念の違いに出くわしたルーファンは心の中で必死に叫び続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます