第10話 見せしめ

 城下町に到着した防衛部隊を待っていたのは、リミグロンによって作り出されたこの世の地獄であった。一面が炎で赤く染まり、崩れ落ちる家屋の中から出てくる者は老若男女問わずリミグロン兵によって殺されるか、そこらで暴れているワイバーンの餌食になった。生きたままワイバーンに骨を噛み砕かれて殺される者や、銃撃を食らった者達の悲鳴が鳴り止む事はない。よくもやってくれたなと、パージット王国の兵士達は憤りながら戦いの渦中へと飛び込んで行った。


「仕事とはいえ、抵抗していない連中を殺すってのは気が引けるよな」


 城下町の郊外にて、新兵らしいリミグロン兵が口に血を付けたワイバーンを撫でながら言った。


「俺は楽しいぜ? おっと、見っけ」


 もう一人がすかさず答えながら、銃の照準で狙いを付ける。銃口の先には必死に何かを抱いたまま逃げようとする女性がいた。引き金を引くと光弾が発射され、間もなく女性の頭から破裂した様に血が飛び散った。綺麗な形で穴の開いた頭部が小奇麗な道の上に晒され、倒れた体の下からは小さな泣き声がしていたが、やがて聞こえなくなった。


「ひゅーっ、大当たりぃ!悪いが仕事なんでなぁ、化けて出てくんなよ!」


 どうやら酔っぱらっているらしい。兜で表情は分からなかったが、少なくとも結構な量を飲んだ事が窺える程度には下品な大声で喚いていた。それもたった今撃ち殺した死体に向かって。


「本当に趣味悪いぜ、お前。任務中だぞ」


 ワイバーンを撫でていた新兵が手をとめて振り返る。


「そう言うなよぉ。もう勝ったも同然だろ?こっちには援軍も来るんだ。それに、サボってるお前にだけは言われたくないね」

「…抵抗しない奴の頭を撃ち抜く趣味は無いんだ。給料が良いから志願した。それだけさ」


 上機嫌になりながらこちらへ言い寄って来る同僚に対して、新兵は面倒くさそうに突き放した。かなりキツイ酒を飲んだのか、鎧越しにも臭ってくる。


「人間をワイバーンの餌にしちまうイカれサイコにだけは言われたくねえなあ…へへ…あっついな、兜も取っちまうか」

「コ、コイツが勝手に食っただけだ!止めようとはしたさ…っておい!」


 血の付いたワイバーンについて新兵が慌てて言い訳をしていた頃には、酔っぱらった兵士が兜を脱いで銃を担ぎながら辺りを見回していた。慌てて止めようと呼びかけるが、気にも留めずにいるかも分からない周囲の敵へ何か叫んでいる。


「腰抜けパージット人、俺がここにいるぞぉ!殺せるもんなら殺してみろヘタレ土人が!」


 どうやら仕事の事は完全に頭から抜け落ちているらしい。高笑いと共に敵を煽ろうと罵詈雑言を並べ立てていた。このままでは自分も上層部からお叱りを受けてしまうと、新兵は彼に近づこうと歩き出す。事態が急変したのはその時だった。


 遠くの家屋で何か動く影が見えた。一瞬のうちに消えてしまったが明らかにワイバーンや自分の仲間ではない。鎧を身にまとっていれば、如何に体を鍛えていようと屋根を走り回れる程軽やかに動けるはずはないからだ。思わず銃を構えて周囲の警戒を始める。酔っぱらった兵士は、張り詰めた緊張感を見せる新兵を不思議そうに見ていたが、新兵の背後にあった民家の上から何者かが弓でこちらを狙っているのを目撃する。


「あそこ――」


 酔っぱらった兵士が反応するよりも早く矢が放たれた。矢じりが口元に突き刺され、歯を砕きながら口の中を滑っていき、喉の奥へと突き刺さる。そして首の後ろ辺りの皮膚を完全に突き破ってしまう。酔いが一気に醒め、激痛と薄らいでいく意識の中で兵士は油断していた自分の甘さを後悔した。


「くそっ!」


 新兵が叫んで振り向き、敵が既にいなくなっている民家の屋根へ乱射する。当然、命中するはずも無く、ただいたずらに民家の上部を破壊しただけに終わってしまった。次はどこから来る気かとワイバーンへ駆け寄ろうとした時、背後に強い衝撃を感じた。思わず前のめりに倒れてしまうが、異常を察知したワイバーンが咆哮を上げてその場から飛び立った。敵を見つけたのだろうと思いつつ新兵は立ち上がり、ふと自分の背中の具合を確かめる。


 有機的な鎧の背中部分に矢が刺さっているらしかった。致命傷ではないものの、このまま何度も射抜かれてはたまったものではない。どこか隠れる場所はないかと周囲を見回し、建物の陰に身を隠した新兵はようやくパージット王国側が反撃に出たと理解した。


 味方へ連絡を取ろうにも通信を行える兵士は士官か一部の兵士に限られる。とにかくまずは合流を急がねばと歩き出した時、足元が一瞬暗くなった。そのまま上から何かに押し倒されてしまう。起き上がろうにも強い力で抑えつけられているせいで身動きが出来ない。直後に鎧と頭部を覆う兜の隙間へ鋭利な物体を突き立てられた。血が溢れるが、さらに深く押し込まれた事で次第に口元からも血が零れ始める。体が動かなくなり、景色が歪み、やがて目の前がぼやけ始めていった。


「…やはりか」


 リミグロン兵の上に圧し掛かり、鎧と兜の隙間へナイフを突き立てていたパージット王国の兵士が言った。いかに強固な鎧とはいえ、機動性を考えれば関節や首部分だけは覆いようも無い。隙間を狙う事に賭けてみたが見事に功を奏していた。


「やったか?」

「ああ、鎧の関節部分や隙間なら我々が持っている武器でも十分に損傷させられる。味方と遭遇したら表立って戦うのは避け、不意打ちを行うように伝えるんだ」


 後からやってきた兵士は不意打ちを敢行した兵士と互いに話をした後、二人で他の者の援護に向かう。しかし空を見上げた際に、飛行船からこちらへ飛び下りて来るワイバーンの群れを前に放心状態となってしまう。いくら殺そうが対局には何ら影響を及ぼさない事を、彼らはこの辺りから理解し始めていた。


 レンテウスは辺りに倒れ伏したリミグロン兵の骸を前に、息遣いを荒くしながら跪く。銃撃による爆発で石か瓦礫の破片が刺さったのか、片目は既に見えていなかった。頭部からも出血が激しいだけでなく、負傷のせいで思う様に足を動かす事が出来ない。そうしている間にも各地で交戦が起きているのか、爆発音や悲鳴が聞こえてくる。隊長である自分がこのザマでは顔向けできないと、必死に立ち上がった頃には辺りを囲まれていた。


「おのれ…」


 レンテウスは血だらけの口で歯ぎしりをしながら呟く。ただでさえ魔法が使えないという状況で人海戦術まで使われてはどうしようもない。最後まで抗うべきだと分かってはいるものの、既に肉体は言う事を聞いてくれなかった。周囲を囲む敵を前に逃げる気力さえも失われ、やる事といえば剣の切っ先を向けて牽制する他なかった。


「手こずらせた事だけは褒めてやる…まだ殺すな、足と手を撃て」


 現場を任されていたらしい指揮官が心にも無いお世辞を述べ、傍らで備えている部下へ言い放った。間もなく発射された光によって、レンテウスは灼熱を肌で感じながら足と腕を破壊される。


「うおおおおおおおお‼」


 血を流しながら倒れ、残った腕と足で芋虫の様に藻掻き叫ぶレンテウスを見た指揮官は、衛生兵に止血をするように指示をした。情けなどではない。どうせくたばる命ならば目いっぱい利用してやろうという任務の延長線上にある悪趣味によるものである。


 パージット王国の防衛部隊による抵抗は間もなく鎮圧され、生き残った兵士達は大通りの中央で拘束されていた。強固な金属製の手錠によって両腕を後ろで束縛されている彼らの前に、リミグロンの指揮官が現れる。


「ここで我らに降り、同胞となりたい者がいれば名乗り出ろ。助けてやる」


 勝ち誇ったように言うが、誰一人として答える者はいなかった。まあ仕方がない。パージットのような島国というのは人口が少ない故に結束力が固く、易々と外部にへりくだる者はそういないと心得ていた。隔絶されているからこそ、外の世界に行き場は無いとして上に立つ人間と彼らの考えを絶対だとしてしまう。つまり、彼らの心を折る方法は一つ。その絶対だとしている象徴を破壊してしまえば良い。


「奴を楽にしてやれ」


 指揮官が命令すると、リミグロン兵達達磨の様な姿にされたレンテウスを抱えて現れる。自分達の隊長が変わり果てた姿となっている事に彼らは絶望し、泣き叫び、そしてリミグロンへの恐れを増幅させた。そんなパージット兵を前に指揮官は再び部下へ指示を出す。一人の斧のような得物を携えた強襲兵が現れる。他の者達が使う装備よりも明らかに強固そうな鎧や、眩い光を放つ刃を備える巨斧を持って現れたその男は、指揮官による相槌の下でレンテウスに向かって斧を振り下ろす。鮮血が辺りに飛び散り、それを眺めていた指揮官が近づいてから虚ろな目をしたレンテウスの生首を掴む。そしてパージット兵たちへと見せびらかした。


「どうだ、貴様らもこの負け犬と同じ末路を辿りたいか ?」


 罵詈雑言と悲鳴の最中、指揮官は腹を抱えて笑いたい本心をひた隠しながら彼らへと叫んだ。

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