幸運は気まぐれ(三)
「よくぞ聞いてくださいました。今回の件で俺が得た最大のもの。それは――『評判』です」
「ひょ、評判?」
まったく予期していなかった言葉が青田の口から溢れ出した事によって、志藤は完全に虚を突かれていた。
「そうです。コネも重要な部分ですが『評判』を高めることも、将来に向けて大切なことです。俺の評判を聞きつけた人物がですね。やがて俺の下に日参するわけですよ」
「はぁ」
志藤としては間の抜けた相槌を打つしかない。そのまま青田の言うような光景を想像してみると……どうにもこの家の鬱陶しすぎる庭木が舞台装置として活躍しそうな予感がする。となればこの家の持ち主はやはり青田なのだろう、とこれまた予期しないところからこの家の秘密を知ってしまった志藤。
その志藤に青田はさらに追い打ちを掛ける。
「先輩が今度、碧心社から出す本にも頑張って貰わないと。何ならさらに協力しましょうか? とりあえずはそうですね……タイトルを考えるとか?」
「ああ、まぁ、上手い具合に書き上がったらな」
圧倒されながらも志藤は辛うじて返答することが出来た。実は青田が「軍師」を目指すことを止めたのではないか? ――そんな危惧が自分の中にあったことを志藤は初めて「俯瞰」出来ていたのだ。しかし、その危惧に気付いたと同時に「青田」はどこまでも「青田」であることが判明したわけで――志藤は笑みを浮かべながら缶の底に残っていたビールの苦さを味わう。
「それで思い出しました。イダ熊という人物が、藤田さんの、ええと、カチアン先生でしたか? その変化を告げなかった理由はわかりましたか? 正直、未だに良くわかりません」
ビール缶を逆さまにしていた志藤に青田が問い掛ける。
「お前でもか?」
それを聞いた志藤が、勢い込んで青田に向き直った。
「ですから俺は『奇矯』では無いと……そういう理由なのでしょう?」
「いや、それほどには。むしろ可愛らしい理由だったよ」
「聞き出してはいるんですね?」
「……苦労したぞ~」
志藤は鯖缶の何かしらをつまむ。それを見た志藤が喜んで台所から新しい缶ビールを持ってきた。自分の缶酎ハイと一緒に。いつの間にか飲み干していたか、軍師らしく兵站を万全に、との心意気なのか。とにかく、そんな光景を見ながら志藤は語り始める。
イダ熊とのコンタクトはやはりソイッターを通じてのことだ。実は虎谷からイダ熊の住んでいる場所が北海道であると漏らして貰っていたので、それが結局一番の連絡手段だったとも言える。それに「住んでいる場所は北海道」なんて情報がどこまで役に立つのか。
とにかくそんなわけで志藤は「物書きモード」になり、イダ熊に礼を言いながら、まるで自分で事件の真相を究明したかのような発言を繰り返した。それがまたイダ熊の琴線に触れたのであろう。随分機嫌が良くなって最後には――
「カチアン先生の名誉を守るため、ですか」
「意訳するとな。俺は単純にライバルがいなくなってしまったことが淋しくなっただけだと思う」
亡くなる一週間程前――つまり藤田が永瀬に見せ金を掴まされた辺り――カチアン先生が圧倒的に強くなっていたことに、イダ熊は当然気付いていた。気付いていたがしかし、それを認めたくなかったらしい。志藤が試みに藤田に対して「無課金の雄」なんてあだ名をメッセージで送ってみると、反応がまんざらではない。だからこそカチアン先生――藤田の「変節」が受け入れがたかったのだろう。
そこまで志藤の推理を聞いていた青田は熱心に頷いてそれを肯定した。それどころか――
「なかなか面白そうな人物ですね。いったいどうすれば、そんなに未成熟なままで成人に達することが出来るのか……」
「いや、成人だとは」
「ログイン状況から見るとその蓋然性が高いのでしょう? となれば新たなコネの可能性が……」
「お前が勝手にやってくれ。俺はいやだぞ」
「先輩の新作に登場するのに?」
「ああ……そうだった。だけど好き好んで近付きたいとは思わないんだよ」
「俺としてはお近づきになりたいものです」
その青田の決意に、志藤は思わずこんな未来を幻視してしまった。
傲岸不遜のまま青田にへこまされるイダ熊。そして、そのままログアウト。ところが青田はそれを許さず、コネを全力で使ってイダ熊を追い詰める。そして丸裸にされ……止めよう。どう転がってもろくな事にならない。志藤は頭を振りながら。いつの間にかプルトップが開けられていた缶ビールを呷る。
そして、もう一つ確認しておくべき事を議題に載せた。今まで、その話をしなかったのは、どう考えてもややこしくなりそうで、その上時間もかかる事もわかりきっていたからである。
即ち永瀬とのゲーム。
一体、青田はどんな風にゲームを進めていったのか? 毒は結局使われたのか? 使っていないとするなら、あの時の青田の表情は一体何か?
この辺りを明らかにしないと小説として形にならない。もっとも、そんな建前を振りかざすまでも無いだろう。水を向けた途端、青田は嬉々として、
「では、説明させていただきます」
と始めたのだから。
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