机上でさえも(二)
プロット制作開始から僅かに一日。たった一日だけで志藤のプロットは暗礁に乗り上げてしまった。しかしそれも当然の話で、何しろわかっていない部分が多すぎるのだ。一番わかっていない部分は、改めて確認するまでもなく「不自然な死」について。あの死の正体がわからないことには、話が先に進まない。その上――
『そりゃ、そうなりますよ志藤さん。というか、その部分を残したままというのは編集として認められません』
と電話越しに永瀬に怒られてしまった。これも当たり前と言えば当たり前の話なのだが志藤は都合良く考えすぎていたらしい。元々が永瀬の持ち込んだ「藤田の不自然な死」は発端なのだ。それだけでは無く、小説の発端としても「不自然な死」でまずは読者を引き込むのが常道になる。
となれば「不自然な死」にはしっかり解法が示されないことには――詐欺ではないか、と志藤も考えてしまう。だが、どうプロットをこねくり回しても「不自然な死」がどうやって形成されたのか見えてこない。犯人としてはイダ熊で間違いは無いのだろうが、何故「不自然な死」を作り出してしまったのか、またその必要性も見えてこない。
そしてその疑問は「連続殺人」にも当てはまる……ということになる。
『志藤さん。これは今度こそ青田さんに連絡されても良いんじゃないんですか? ……実在するんですよね?』
「ああ、それは間違いなく」
永瀬が心配そうに尋ねてくるが、確かに「潮時」という単語が志藤の脳裏で明滅しているのも確かな事だ。つまりは青田の実在は確かな事で、志藤としても青田に話を持っていきたくなっている事が青田の実在証明でもある。しかし、一旦は青田抜きで「答え」に辿り着いたと思うと、やはり青田に頼ることに躊躇いを覚えてしまう。
『それなら、ここが最適のタイミングじゃ無いですか。志藤さんの情報収集能力については、失礼ながら見直してしまいました。志藤さんがいなければ、どのみちここまで順調に話が進んだとも思えませんし』
いきなり自分を持ち上げてくる永瀬。その魂胆は見え透いているものの、怒りの感情がわき上がって来ない。何しろ自分は机上でさえ、空論をでっち上げることが出来なかったのだから。端的に言って能力不足。そう諦めてしまうしかなくなる。
奈知子に良い格好を示したいと頑張ってみたが、奈知子はそんな能力の有無で自分を見限ることは無いと志藤にもわかっていた。本気でそんな事を考えていたとするなら、その方がよほど奈知子をナメている。
となれば最初の建前通り、先手を打って情報を集めていた、ということで青田を引っ張り出すことも可能だろう。そのための条件は整いすぎていると言っても過言では無い。それにこの機会に志藤は永瀬に尋ねてみたいこともあった。プロット制作のために情報を整理したときに気付いたのだが――
「藤田さんは随分パチンコにハマっていたみたいな前提があったみたいですけど……」
『確かに。ソシャゲとなにかと入れ込んでいる女性が判明したわけですからパチンコ自体には行ってなかったかも知れませんね。少なくともここ最近は。でも、パチンコ屋の休店サイクルって結局変わりませんから――』
その辺りがよくわからなかった志藤ではあったが、永瀬が言うように店休になるタイミングに大きな変更が無いとなれば、人目を避けようとした藤田がパチンコ店の立体駐車場を思い出しても不都合は無い事になる。
『それにですね。パチンコ屋って結局どこにでもありますから。池袋でしょ。他にもあるかも知れませんけど。キッパリと止めていたと考えるよりは……』
「そうですね。そう考えた方が自然か……」
これで藤田の使途不明金については、完全に使い道が判明したと言ってまず間違いないだろう。しかし、そういう情報は出揃っていくのに「不自然な死」は相変わらず不明なままだ――最初と変わらず。やはり自分の手には余る、と志藤はその判断を完全に受け入れる事にした。そしてそれを永瀬に告げる。
『おお! やっぱり、そうなりましたか! しかし、それならそれで早めに連絡を取っていても良かったも知れませんね。今更ですけど』
「いや。私が知っている状況のままなら、青田は決して忙しいなんて事はないはずです」
『ははは、まるでニートか何かを相手にしているみたいな言い方ですね』
「…………」
『ちょっと志藤さん!? 本当にどういった人物なんですか? 今になって心配になってきましたよ』
永瀬が慌てて言い募るが、志藤としても説明出来ないのだ。青田という男は一言で言えば「変人」になるのだろうが、そういった変人の中でも「理路整然とした変人」という、なんともカテゴリし辛い男であることは間違いない。だが、永瀬はそんな青田を良く知らぬままリクエストしていたわけで――つまりは「自業自得」。
「とにかく青田に会ってきます。多分引っ張り出せるでしょう。ただまぁ、ある種の覚悟は必要だと思いますが」
『……わかりましたよ。それでこそ――と強がって見せます』
スマホから永瀬の開き直ったような声が聞こえてくる。次いで、志藤の執筆のためには有り難い人物像だ、と編集者らしい台詞を口にして自らを奮い立たせていた。それに対して志藤は苦笑を浮かべながら「そこまで危険な男では無い」と一応のフォローを入れておく。
『――とにかく、お任せしますよ志藤さん』
「任されましょう」
そして二人の「打ち合わせ」はこの言葉で終わり、青田登場の準備はこれで整ったわけである。
丁度その時、電話のために志藤が外していたイヤホンから「雨に濡れても」の一節が漏れ聞こえてきた。
「
――と。
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