理解の果て(四)

 このまま藤田の母の質問に答える前に、隠し事がなんなのかを確認した方が良いだろうと志藤は判断した。例えば、何かしら隠し事があったとして、それが「連続殺人」に繋がるとはさすがに思えない。となれば得られる情報の精度を高めるために、そういったノイズは取り払った方が良い。

 志藤はほとんど直球に「何故、藤田の行いを知ろうと思うのか?」と逆に聞き返した。横で永瀬が息を呑んでいる気配が感じられたが、どちらにしろこのままでは、こちらの情報が搾取されるだけで終わりだ。この辺りで主導権を取り戻さないと、あまりにも不甲斐ない結果に終わりそうに思える。危機感を覚えるなら、むしろその方向だ――志藤はジッと藤田の母を見据えた。これに対して誤魔化すようなら、それはそれで成果ということになるし、どう転がっても悪いことにはならない、志藤は、そうも計算していた。

「あ……すいません。そうですよね。あの子が『自殺』と言うことで片付いたはずなのに、こんなに気にしてしまうのは、おかしな話に思われますよね」

 藤田の母はすぐに志藤の問いの意味を察してくれたようだ。そこで志藤が、遠慮するような言葉を口にしてしまうと、また話がおかしくなる。志藤は大きく頷いただけでさらに藤田の母に説明を要求した。

「――実は、私には息子の他に娘がおりまして。もう嫁いではいるんですが……その、あの子がですね……」

 指示代名詞ばかりで、返ってきた返事の内容を見失いそうになるが、それでも藤田の母が何を危惧していたのか、今頃になって藤田の「良からぬ行動」の有無を確認しようとしているのかも、その説明で志藤は大体のところは察することが出来た。

 だがここで、今更曖昧にすることに意味は無い。志藤は口に出して確認する。

「それは存じませんでしたが、お姉さんがおられるんですね? で、向こうのご家族に何か言われたと」

「はぁ、まぁ……」

「その点はご安心してくださって大丈夫ですよ。藤田さんが何か問題になるような行動をしていたのなら、警察がこれほど早く『自殺』という結論を出すわけが無い。『自殺』という判断にもそれなりの根拠があるんです。私の調査が何か別の見方を発見したとしても、藤田さんが『被害者』であることに変わりはありませんし、問題が発生するような行動をしていないということも、まず間違いないかと」

 ――と、志藤は意識してデタラメを並べる。言質を取られぬように。ただ調査の継続だけは確実に。

 ただこれで、藤田の母に感じていたちぐはぐさは無くなったと言っても良いだろう。藤田の母は単純に厄介ごとを嫌っていただけで、藤田の行動を聞いておこうとしたのも一種の自己防衛本能が働いた結果らしい。有り体に言えば「予防線を張る」という行為に似ている。そう気付いてしまえば、最初に感じていた藤田の母の自己紹介に感じていた違和感。それすらも説明出来そうだ。どうかすると取材では無く、志藤が何かの調査員と考えていた可能性すらある。

 ――娘さんはよほど良縁に恵まれたらしい。

 と、皮肉半分に志藤はそんな想像を巡らせるが、もちろん口に出したりはしない。その先の藤田の母が抱えているであろう「老後の心配」という単語にも思い至っているがそちらも同様だ。誤魔化しようが無いと開き直って断言していた「ニート」の息子がいなくなったことで一安心、といった辺りが藤田の母の本音らしい。だが見えている図星を突く趣味を志藤は持ち合わせてはいなかった。

「そうとなるとですね……やはり藤田さんの行動の中心にはゲームがあったと考えるのが妥当かと」

 志藤は強引に話を元に戻した。接続詞がキッパリと仕事をしていないが、どこか緩んだ表情を浮かべる藤田の母は、そのまま志藤の言葉を受け入れた。

「そうなるんですね。けれどゲームで外に出歩くというのは……」

「大半の時間は籠もりきりになるでしょうが、ゲームを中心にして交遊が広まることはままあります。それも通常なら……ええと携帯電話を通じての交流になるんですが、時には直接会うこともありまして」

 この母親に「オフ会」の説明を行うのは無理だと志藤は判断した。その上で「カーバンクル調教法」での活発な藤田の活動を、良いように――あるいは百八十度ねじ曲げる形で紹介する。しかしそれは藤田を慮ってのことと、さすがに藤田の母は察したようだ。この辺りは母親だから、という理屈は些か的外れのように志藤には思える。むしろ突き放しているからこそ子供を客観視できているのだろうから。

 そこで志藤が重ねて「警察の捜査の結果、問題なしと判断したわけですから」と告げると、藤田の母も心得たといわんばかりにもう一つの部屋――かつての藤田の部屋から紙袋を持ってきた。何処かのブランドの紙袋らしい。百貨店のものでは無いようだ。

「これらが警察から返ってきたあの子の持ち物です。中にあの子の携帯電話もあります。他に何か必要なものがありますか?」

「できれば――いえ、まずは携帯電話で」

「志藤さん。どうやら藤田さんはノートだったようですよ」

 永瀬が割り込んできた。それなりに大城戸から情報を聞き出してはいたらしい。元々、その場――つまりこの家で調べるつもりは無かったから、その辺りを中心に情報収集したようだ。それなら大城戸が付き合ってくれれば、とも思うがそう都合良くも行かないだろう。そもそもこれは志藤の新作のための取材なのだから。

 その辺りを改めて藤田の母に確認してみると、どこか清々しい笑み共にこんな言葉が返ってきた。

「あの子が迷惑をお掛けしたので無ければそれで良いと思います」

 ――その笑みに押し出されるようにして、聞くべき事を聞いた志藤と永瀬はスマホ、ノートPCをまとめて持つと、藤田の母に暇を告げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る