理解の果て(三)
「それはもちろん、正しい言葉の使い方では無いのでしょう」
藤田の母は、止まらなくなったのかそのまま話し続けた。
「そちらの奥に、息子が使っていた部屋があります。そこにほとんど一日中いたようですね。もっとも私はもう息子をどう扱って良いのかもわからなくなっていましたから……いつの間にか外出していたこともあったらしいです。ええ、何やら書いたものが本になるという話は聞かされていましたが、それが未だに信じられないのですよ」
「それはつまりその……金銭的なことで?」
志藤がたまらず合いの手を入れる。果たしてそれが「合いの手」であるのかどうかは疑問が残る所だが、彼女に話させるだけでは、どうにもならないだろうという判断もあった。
「いえ。元々、息子にはそういった期待をしていませんでしたから。単純に、本当にあの息子が世のためになるような物を書けるとは思えなくて」
「はぁ」
随分、間抜けた声を発してしまう志藤。藤田にも問題はあるようだが、藤田の母も志藤が見る限り問題があるように思えるからである。教条的――などという単語が脳裏をかすめたがそれが適当であったのかどうかはわからない。しかし、ここで藤田の母に逆らっても仕方のない事は明らかであり、結果として志藤は「はぁ」と唱えるしか無くなったと言うわけである。
「ですが、それで社会に向き合ってくれたのなら、と思いまして伝手を頼って改めて就職するよう手配はしたんですが」
「なるほど」
「あ、その話は弊社、大城戸からも聞いております。大城戸としてもその辺りは『良いことだ』といったようなことを申し上げていたようなんですが……」
突然、永瀬が割り込んできた。志藤としては先に説明して欲しかったとも思ったが、まさか藤田の母がこれほど積極的に話してくれるとは考えてなかったのだろう。それに、大した問題でも無い。
「そうでしたか。ご面倒をお掛けしたようで……それが、あの子。いざ面接って時に台無しにしてしてしまって。一体、自分の部屋で何をしていたのか……ずっと籠もりきりになって」
そんな話を聞かされれば、当然のことながら志藤は思い浮かぶものがある。遺影を見たこともあって、その様子を想像することも容易い。正確に言うなら、別に部屋で籠もりきりになる必要は無いのだろうが、何かしら落ち着ける環境が必要で。ついでに言うなら楽な姿勢になれた方が良いのだろう。
「あの……藤田さんはスマホは持っておられたんですよね?」
「ええ。それに執筆活動にも必要だと言って、パソコンも持っておりましたよ」
「パソコン……タブレットは?」
「タブレット?」
オウム返しに「タブレット」と言葉を返してくる藤田の母の限界を見たようで、志藤は視線を再び永瀬に向けた。
「『気ままにカーバンクル』はPC版はありましたっけ?」
「いえ。それにあったとしても、スマホとは規格が違ったものになると思いますよ。それこそPC版とか。すぐにしらべられますけど……」
「いや、先に説明しないとだめだ。あのですね……」
志藤は覚悟を決めて藤田の母に説明する事にした。その根底にある心情を志藤が自分で説明するなら何故か義務感のようなものを感じてしまったことが原因ではある。だが、やはりさらなる情報を得るためには、こちらも情報を提供するべきだろうという計算もあった。
「藤田さんの調査をしておりましてですね」
「伺っております」
「それでですね。藤田さんは最近ある一つのゲームにハマ――熱中されていたようでして」
志藤が“翻訳”しながら藤田の母に状況を説明して行く。志藤の苦心の甲斐あって、訥々ではありながらも藤田の母も状況を理解していった。
「息子がそんな事に……いい
結果として、そんな風に打ちひしがれるのだが、それについては今更藤田を弁護しても仕方が無い。さりとて「最近では、それほど珍しくないことですよ」という言葉が彼女の慰めになるかもまた未知数。それよりも、そんな言葉を重ねる事が自己弁護にしか思えないところが志藤を躊躇わせた。これ以上、藤田の行動について説明する事を。恐らくどこまで行っても、この藤田の母は理解できないだろうし、志藤もそれがわかってもらうべき事柄には思えなかったからだ。
それに今日訪れた目的は、そんな事では無かったはずだが――この母親からこれ以上何を聞き出せば良いのだろう。そうやって志藤が躊躇っている内に、再び質問されてしまった。
「それであの、息子の外出については何かわかりますか?」
完全に立場が逆転している。いや、むしろ何も説明していない警察に問題があるような気もするが警察にそれを教える義務はない。親ならば、それぐらい把握しているに違いないと考えているのか。
そこで再び志藤は違和感を覚えた。これほどに息子の行動が気になるなら、なぜ警察が打ち出した「自殺」という結論を受け入れたのだろう? 矛盾、とまでは行かないが、どうにもちぐはぐさを感じる。片方で息子を突き放していた事も確かだと思えるのだが……
この母親には何か隠し事があるのではないか? ――志藤はそんな風に考えた。
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