居酒屋(四)
「体型ってやはり問題がありますかね? 毒の巡りとか…」
「いやさすがに専門的なことまでは。それを考え出したら持病とかもありますし。一種の思考ゲームとして捉えるしかないようですね」
そういったデータを自分が欲していたのは死を俯瞰するのに必要だった――とは志藤としても何とも説明しづらい。しかし今更罪悪感を持ち出すのもおかしな話だし、自分で言い出したように「思考ゲーム」であると考えるなら、こういった情報は必須のはずだ。
実際、永瀬がその言葉に飛びついた。
「思考ゲーム! そうです。それですよ。青田という方に、そういった感じで話を持ちかけてみては?」
「ちょ、ちょっと待ってください」
志藤はそう言って永瀬を押しとどめて、ジョッキの底に残ったドライを飲み干した。
とりあえず死体の状況は見えた形だ。ここで改めて考えてみるのも悪くはない。
まず自殺として考えてみる。だが何度も想定したように、どうも自殺では不自然な事が多すぎるのだ。かと言って死体を移動させた痕跡があるとしたら、即座に不審死として警察が動き出すに違いない。それが行われておらず自殺という見解に落ち着いたいうことは藤田という人物は自分で毒を呷った――ということになる。
自分で毒を呷って「その場」に倒れた。残された痕跡が示すものはそれだけだったのだろう。
その場――しかし「その場」がいかにも相応しいものとは志藤には思えないのである。パチンコ店の立体駐車場の三階が相応しい死の光景。
そんな場所を死に場所として選ぶ理由がどうしても想像出来ない。例えばパチンコ店への抗議であるとするなら、もっとわかりやすい場所で死を選んでも良いだろう。それに、遺書すらも発見されていない。
では次の可能性として選ばれるべきは――事故死。
この場合だと、様々なことに色々と説明が出来る。どうしてそんな場所に赴いたのか? という疑問は一端置くとしても、とりあえず場所の不自然さは無視することが出来る。何しろ当人は死を選ぶつもりが無かったという事になるのであるから。そしてまた死体に動かされた痕跡が無い事も説明が出来る。いや説明などはいらないだろう。ただ単に、毒を呷って死んだだけ。自然とそういった光景が出来上がるに違いない。
……毒を呷ることと「事故」がイコールで結びつけることが出来るならば、の話になるが。
やはり第三者の存在があったように思われる。それが自然な想像では無いのだろうか? そして素人の自分がそう考えるのだから当然――
志藤は顔を上げて永瀬に尋ねる。まるで待ち構えていたかのような表情を浮かべる永瀬に。
「これって……警察はすぐに自殺だと判断したんですか?」
「すいません。言ってませんでしたっけ? 大体一月後です」
謝罪の割に即座に志藤からの質問に答える永瀬。どうやら思考を誘導されている様な気もするが、永瀬としても青田を引っ張りだしたいのだろう。そのための小細工だと考えると、熱心な編集とも言えるが……
とにかく、着地点はやはり他殺になる。
だが、それを裏付けるための情報を拾い集めることがまるで出来ない。結果として警察としては消極的でありながらも「自殺」という見解に落ち着かざるを得なかったのだろう。だが素人としては消去法的に「他殺」しか可能性が残されていないようにも思えるのだ。今、判明している不可思議な点、謂わば死の風景につきまとう歪みを全て「犯人」に押しつけてしまえば整理されるのだから。
つまり、ただそんな予感とか希望だけで「殺人」を願ってしまうという結論になるわけで……もはや言い訳の必要も無く人でなしだな――と志藤は自分自身を俯瞰した。
「それで青田という人を引っ張り出せますか?」
そんな志藤の葛藤を余所に永瀬は重ねて尋ねてくる。自分の企画に拘っていると言うべきか。その上、快談社のカラーに相応しいのかどうかもわからない。「熱心さ」を「若さ」と言うべきなのかも知れないが、快談社には若者向け以外にもレーベルがある。案外、その方面とのパイプがあるか……はたまた他社と繋がりがあるのか。
もちろんただの物書きである志藤としては、出版にこじつけてくれるなら、レーベルも会社も何だって構いはしないのだ。
しかしそれでも、志藤には躊躇してしまう原因がある。そしてそれすらも俯瞰できる。
つまりは――青田に依存しすぎることが気にくわないのだ。ここで青田を呼び出して……いや、もしかして呼び出すまでも無く携帯越しで謎を解かれてしまっては、一体自分はどうなってしまうのだろう?
それはどうやっても俯瞰できない。
いや俯瞰することを怖がっている自分自身は俯瞰できるのだが。
「……青田を呼び出すにしても、ちょっとこのままではデータ不足すぎますよ。一端、私に預けてくれませんか? 青田に話を持ちかけるにしてもデータ集めに狩り出されるのは間違いなく私ですから。謂わば……そうですね先手を打つ形になりますか。そうやって形を整えれば――」
「なるほど。青田さんが乗り出してくる状況を整えることが出来るというわけですね。わかりました。先生にお預けします。執筆なさるときにも、そのほうがお役に立ちそうですしね」
笑いながらそう言って、永瀬が伝票を持ち上げた。「打ち合わせ」としては色々な面で潮時と言うことだろう。その点については同意しか無い志藤であったが――払いは快談社持ちで果たして良いのだろうか、とそんな後悔がかすかに頭をよぎった。
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