居酒屋(三)
藤田有樹の遺体が発見されたのは三ヶ月程前の六月下旬。場所は足立区のパチンコ店であった。遺体の発見時刻は午前九時過ぎ付近。この日は営業の予定は無く「新台入替」のため店休日であった事が色々な意味で幸いであった事は間違いない。現場検証のため、立ち入り規制の影響を店側は最小限に済ませることが出来たし、また店休日でなければ発見がもっと遅くなっていた可能性があったからだ。
この都合の良さは作為的な物を感じるが……
「常連だった、と言うわけですか」
「いえこの店がどうこうというわけでは無く、パチンコに関しての常連ですね。可知案先生……いや藤田さんは。それだとまぁ、大体のスケジュールは見えてくるものですし」
バツが悪そうに永瀬がそう説明した。志藤は心の内だけで肩をすくめる。どうやら永瀬も嗜む口らしい。だがそれだけに現場の状況を説明させるのにうってつけとも思えた。
さらに詳しく聞いてみると立体駐車場の三階。即座にブルーシートが張られ現場検証。そして、その日のうちに撤退、ただ三階の一角だけを立ち入り禁止にして翌日には通常通り営業されたらしい。見てきたような説明だが近隣のパチンコ店が同時に休むことは無いらしいから、三階に張られたブルーシートの目撃者は多数存在した。
目撃者というのが即ちパチンコ店の常連であり、その辺りが永瀬が同好の士から情報を入手した経緯でもある。
普通なら警察の迅速な対応に違和感を感じる所かも知れないが、志藤はパチンコ業界と警察が思った以上に近しい関係である事を知っていた。そういった関係性を考えれば営業に差し障りの無いように警察が動いていたとしてもさほどの不思議は無い。
不思議は無いが、しかし――
「毒、なんですよね?」
「そう聞いてます」
レモンサワーを呷りながら永瀬が頷いた。志藤は志藤で揚げ出し豆腐を箸で切り崩し、衣につゆを最大限に纏わせるように腐心しながら、それを口元へと運ぶ。話を進める内に毒という言葉さえも、ただただ話を進めるための記号と化してしまっていた。それを俯瞰する志藤は、何とも薄情なことだと思わず苦笑を浮かべそうになるが、記号化は便利である事に間違いはない。
「つまりは服毒自殺……に落ち着いたのでは?」
「警察もそういった見解になったようですね。これは大城戸さんから聞いた話ですが、ご家族にはそういった説明が為されたようです」
それではそれで決まりでは無いか。
――とは、さすがに志藤も思えなかった。何しろ自殺にしても死を選んだ場所が、どうにも不可解すぎる。それに定番とも思える「遺書」についてまったく言及されていない。無ければならない――というものでは無いが、無い場合「突発的な自殺」という見解に着地することになる。だが、その見解を採用しようとするなら当然、毒を都合良く持っていなければならず、これはあまりにも不自然だ。
そう。結局は「不自然な死」が残る。
志藤はそれでも、まず遺書の有無から確認してみた。永瀬の答えは予想通りと言うべきか発見されていない、というものだった。次に毒の種類、その入手経由についても尋ねてみたが、当たり前の話でそういった部分までは知らないらしい。警察がホイホイと情報を漏らすようでは問題があるのだから、これは喜ばしいと考えるべきなのだろう。
それでも警察は遺族にあれこれと尋ねることがあったようで、それを総合すれば、大体の「絵」が見えてくる。この辺り大城戸経由で遺族からの情報が回ってきたのだろう。
それに加えて、やはり立体駐車場の三階というのも自殺場所として適当であるのかどうかという疑問。自殺という前提で考えるなら、飛び降りるという選択肢は何故却下されてしまったのか。となればむしろ、その場所でいかがわしい事に及んでいた、あるいは後ろ暗い人間と接触しその果てに――そんな風に考えることも出来るのではないか?
何にしろ遺体の発見現場と時刻まで永瀬がおおよそ掴んでしまっている事が大きい。
永瀬はパチンコという趣味を持っていたことと、編集という職業柄二つのルートから藤田有樹の情報を得られたことで「不自然な死」にあたりを付けることが出来た、と志藤は俯瞰した。
だが死の状況を俯瞰するには、まだ情報が足りない。
もはや食べることを止めてしまっていた永瀬に向けて、改めて志藤は尋ねる。
「その藤田さんは、どういった人物なんですか?」
「え? 性格とかですか? いやさすがに詳しいところまでは……まぁ、あまり人好きのする――」
「いやそうでは無くてですね。外見の問題です。服装は――」
「どういった服を着ていたかはわかりませんよ。いつも通りならまぁ、先生がお召しになっているジャケットに似た感じですね」
あまり聞きたくもない情報が飛び出てしまった。それでもあと一手で大体の事はわかる。
「体型は?」
「ああ、そういうことですか。言葉を選ぶなら、ぽっちゃり、といった感じですね。明らかに太めですが、行動にさほど問題がある感じには見えない」
「なるほど」
やはり妻への感謝が溢れてくる――今晩の揚げ出し豆腐については目をつむって貰おう。
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