第7話 昨夜の続きを今ここで

 ほぼ同時に食べ終えた俺と千夏は、流れで一緒に皿洗いをすることになった。


 俺が皿を洗う係で千夏が皿を拭く係だ。


「なんか……新婚さん、みたいだね」


 洗う食器も残り僅かとなった時、隣に立つ千夏が照れくさそうに言った。男心をくすぐる台詞に、俺は気恥ずかしさを覚える。


「そ、そういうのは心の中に留めておけって……恥ずいだろ」


「迷惑、だった?」


 上目遣いで聞いてきた千夏が直視できないほどまぶしく、俺は顔を逸らしてボソッと答えた。


「べ、別に……迷惑じゃねーけどよ」


「……良かった」


 チラと千夏に視線を送る。安堵したように息を吐いた彼女の横顔はもはや芸術だった。


 今すぐ『僕の義妹が可愛すぎて困ってます。誰か助けてください』とヤ〇ー知恵袋に投稿したい。そして世界中の人々から嫉妬されたい。


 視線に気付いたのか、千夏が俺の顔を見上げてお日さまのように微笑んだ。


「いつか……兄ちゃんと結婚できたらいいなぁ」


「…………え?」


「あ――ち、違くてッ⁉ 兄ちゃんみたいな人と結婚できたらいいなって言おうとしてたのッ。ちょっと言い間違っちゃっただけで決して本心とかじゃないからッ!」


 早口で弁明したせいか、千夏の顔はリンゴのように赤くなっている。


「本心じゃないのか……残念だな」


「え…………そ、それって」


 最後の食器を千夏に渡すが受け取ってくれない。彼女はただ、呆然と俺を見つめている。


「千夏みたいじゃ嫌なんだ……俺は――千夏がいんだよ」


「……………………ッ!」


 声にならない声とでもいうのだろうか。両手で顔を隠して数回飛び跳ねたかと思えば、ピュピュピューンとリビングへと逃げていった千夏。


 急に体調が悪くなったんじゃ――。


 俺は濡れたままの食器を水切りカゴに置いて様子を見に行こうとしたが、千夏は逃げる時と変わらないスピードで戻ってきた。


「――も、もう一回ッ! もう一回言ってッ!」


「…………なにそれ?」


 スマホをマイクに見立てて俺に向けてきた千夏は、口をぎゅっと結び両の目を爛々らんらんと輝かせている。まるで餌を前にして『待て』と指示を受けている犬のようだ。


 はは~ん、さては俺の癒しボイスを録音していつでもどこでも耳に幸福をって魂胆だな? それならそうと直接頼めばいいのに……まったく、可愛いヤツめ。


 やれやれと俺は向けられたスマホに顔を近づけ、ええ声を意識しながら発した。


「俺の結婚したい相手……それは千夏だぜ」


 ――ピッ。


 俺が言い終えた瞬間、無機質な電子音が短く鳴った。


 千夏はスマホを心底大事そうに抱え、嬉しそうに笑っている。


「満足か?」


「うんッ! ――あ、でも、変なことに使うとかじゃないから誤解しないでね?」


「別に気にしなくていいよ……俺の声、千夏の好きなように使ってくれ」


「あ、ありがとう……で、でも、わざわざ言葉にしなくてもいいよ……なんか、恥ずかしいし」


「迷惑だったか?」


「め、迷惑なんかじゃ――って! さっきのやり返しじゃんかッ!」


「その通り。よく気付いたな」


 俺が揶揄からかうように言うと千夏は「んもう!」と顔プイしてへそを曲げてしまう。


 こうなるとわかっていながらそれでも構いたくなってしまうのは千夏の反応が国宝級にとうといからだ。


「悪い悪い……これで許してくれな?」


 俺は一歩前に出て、千夏の頭を優しくでる。


「――やめてよ」


「あ、すまん」


 千夏はお気に召さなかったのか、俺の手を払いのけた。


「子供扱い……しないでよ」


「いや、そういうつもりはなかったんだが……すまん」


 面白くなさそうな顔をして俺を睨みつけてくる千夏。


 そんなに嫌だったのか……。


 軽率な行動をしてしまったと後悔する俺に、千夏は静かに聞いてくる。


「……許してほしい?」


「ああ」


 そう短く返すと千夏は俺の瞳を見据えたままかかとを上げ、


「じゃあ――昨日の続きをここでして」


 そこから先を俺に委ねてきた。

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