第13話 ロアは確かに転生した、だが今を生きるのは自分

 「そんな事があったのですね。リーマ君、いえロアさん」

 「リーマで良いよ、メギィさん。父さんも母さんもリーマって呼んでくれている。  

それに記憶が戻っても、ロアの意識は戻らない。それは記憶があるだけで魂はもうここにないからだと思う。きっとロアの魂は、最愛の弟と旅立ったのさ」

 リーマは自分の胸を叩いて言った。この胸の響きも心もリーマのもので他の誰のものでもない。あの後、数日考えて出した答えがそれだった。リーマは自分の人生を生きると決めた。例え記憶と意識の片隅にロアがいたとしても、そうリーマが自分の意思で決めたのだからそうなのだ。

 「知っていますか? 東にあるテンジクという国では、人は生まれ変わると考えられています。それもこの世でやり残した事がある限りは、死んでも姿を変えて、何度でも転生すると言われています。必ず人間に生まれ変わるとも限らないそうですが、面白い思想だと思いませんか」

 「俺はロアの生まれ変わり、転生した人間だと言いたいのか」

 メギィは、クスクスと笑いながら返す。

 「いいえ、私には分かりません。ただその考え方に従えば、この世界には、もしかしたら2人のロアがいるのかなって、思うのです。勿論、1人は、リーマ君、あなたです。もう1人は、ロアの魂を持ったこの世界の誰かです」

 「マジか、面白い発想だな、それ。そうだ。お前も増えてみろ。俺の禁術を教えてやるよ。お前なら、悪用はしないだろう」

 メギィは少しだけ黙り答えた。

 「僕は結構です。それにあなたがロアの記憶を持っている事はなるべく教えない方が良いと思います。リーマ君が危険な事に巻き込まれるのをもう見たくはない」

 「悪かった。仮にロアみたいに戦闘の為にだけ使っていても、悪用を考える連中がいる限り、この術は使用者に不幸を招く。ロアの代わりに今度は俺が秘密を墓場に持っていく」

 リーマは少し考えてから言った。自分が期待していた返事が聞けた事でメギィは安堵した。

 「それが良いと思います」

 「生まれ変わったロアとカールが出会えていて、今、こうして空を眺めていたら、良いな」

 バサバサと翼の音がする。音の方に振り向くと朝日に照らされたアイが、ヒーヒーに乗って飛んでくるではないか。

 「もう2人とも、随分、早く来ていたのね。リーマの奥さんに良いお供え物を持って来たわ」

  アイは旅支度を終えていた。約束通り、リーマと同じ日にこの村を出る気のようだ。

 「アイさんに、言っちゃったのですか」

 「うん、今、後悔している。だけど口が堅い女だから、余計な事は言わないとは思う。多分」

 「これを飲んで、みんなで旅立ちましょう。半分は、お供え物。この木の下に埋まっているのよね、ロアの奥さん。周りの木が倒れても、なんでこんなに若くて小さな木があの兄弟の決闘を生き延びたか、昔から不思議だったわ」

 村人からラッキーツリーと呼ばれているこの若木は、実はロアが亡き妻を偲んで植えた木だったのだ。運が良かったのではない。守られていたのだ。

 ワインをコップに注いで、アイはリーマとメギィに渡した。そして、ヒーヒーにも少しだけ飲ませた。

 あの後、王からワインが樽で大量に送られてきた。上質なワインだった。これから末代まで、送ってきてくれるそうだ。これからこの村は宿場町として発展するだろうから、自分達で飲むのは勿論、来訪者にも出せる酒は最高の褒美かもしれない。

 「美味しいお酒だけど、私は樽に金貨か宝石を詰めて送って欲しかったわ」

 「良いじゃないですか、アイさんもお酒は嫌いじゃないでしょう?」

 「まあね。私はこれを飲み終わったら、西のイベリアに向かう予定なの。最近、遠くの大陸からマヤ国の人達が来ていて、面白い格好をしているそうだから、見物に行くの。大陸から来たジャガイモとかいう珍しい食べ物がブームらしいわ。絶対に食べてくるわ」

 「私達は、南へ帝都のアーヘンへ向かいます。アイさんがイベリアに着く頃には私達も着いているでしょう」

 「ねえ、リーマ。あなた、まだ学ぶ事あるの? 既に一流の知識人よね。私と一緒に世界中の旅をしない? イベリアの次は、エジプト、その次はアナトリア、きっと楽しいわよ。今のたくましいリーマなら着いてきてくれると心強いし」

 照れながら、アイが言うと、今度はリーマが少し恥ずかしそうに言う。

 「俺、いやロアの世代に生まれた人間のほとんどは学校なんかいけなかった。戦争に次ぐ戦争で学校なんて、大都市にしかなかったからな。だから偏っている」

 「偏っている? なにが?」

 リーマは頭を指差す。

 「知識さ。必要に応じて、必要な事だけを教えられて育ってきた。生きる事に必死で余裕がなかったからな。文字を教えて貰えた俺は本当に幸せだった。ある程度、成長してからは、これまた必要に応じて自分で学んできた。だから、どうしても、知識が偏って歪になる。つい昨日知った。飛竜の指は4本だ。だけど、古竜の指は5本、東の国の別種の龍も5本が普通らしい」

 メギィとアイは顔を見合わせた。それがどうしたという顔だ。

 「俺は知らなかったせいで、結果的に良かったというか、何と言うか、危ない賭けをしてしまった。そんな事、もうしたくない」

 「話は変わるけど、ワイン樽と一緒に届いた皇妃陛下直筆の村への感謝状、昨日、見せて貰ったのよ」

 「やっと読ませて貰えたのか、お前の事も書いてあったな。『勇敢な村人と親切なお嬢さんに命を救って貰えて感謝しています』だってな。良かったな」

 リーマは笑いながら言った。アイは感謝状に報奨金について何か書いていないか、先に感謝状を読んだ村人に何度も聞いていたからだ。そんな事は書いていない。

 「それよりも、私、ちょっと笑っちゃった。『アルバートに乗った小さな勇者は、まるで私の祖父、カール・ヘリオス・クーの生まれ変わりのようでした。その子が望むなら、成人した後に、騎士の爵位を授けます。帝都を守る騎士の一員になっていただけないでしょうか』って、そっち? そっちのおじいちゃんに見えたのって、そこはロアおじいちゃんじゃないの? ぷっぷっぷっ」

 「何も笑う事ないでしょう。でもそこは私も思いました。カールじゃなくて、ロアでしょうって」

 「何がおかしい。さては、兄弟の伝記を読んだ事ないな。ああいう、斬りこみ隊長的な事は大体、カールがやっていた。相棒はグリフォンじゃなくて、竜だったけどな。それにロアとカールは、実の兄弟のように特徴も似ていたからな。子どもの頃は特に」

 リーマは、ロアの記憶の中にある暖かい思い出、兄に抱き付く幼いカールを見ていた。

 「伝記なら読んだ事がありますよ。カールが竜から飛び降りて、巨人の頭を斬り落とす。地面に落下する前に、先回りした竜がカールを受け止めて助ける。あのシーンはカッコいいです」

 「でも誇張されているわよね、その伝記」

 「その話は本当だ。俺が保証する。あの伝記で誇張されているのは、メテオスとリリスの部分だ。俺達兄弟とカールの弟子ソルの部分は、概ね保証するぜ。メテオスとリリスの2人は、初代皇帝と初代皇后になったからな。誰も下手な事は書けないさ。メテオスが5人の中で一番、弱かったとか」

「えっ」

「それじゃ、そろそろお開きにしよう」

「そうね、ヒーヒーお待たせ」

「さらっと、歴史の隠された真実を言いませんでしたか?」

「言ってない。アーヘンの古老達に聞いてみれば? 何人かは知っていると思うよ」

「そうだったのですか、私も勉強がもっと必要ですね」

「さあ、この村ともお別れだ」

 バサバサと翼をはためかせて、ヒーヒーが飛び立つ。少し悲しい目をしていた。

「いずれアイもお前も俺も村に戻って来るさ。また会おうな、ヒーヒー、アイ。俺の代わりにアイを守ってやれよ、ヒーヒー」

「ヒーヒー」

「ちょっ、ちょっと照れる事言わないで」

「本当に、気を付けろよ、アイ。世界はまだまだ危険で一杯だ」

「リーマ…あなた」

「でも楽しいものや美しいものも美味しいものも不思議なものも、きっとたくさんあるはずだ。それを見て俺に聞かせてくれ」

「それじゃあ、リーマも元気でね。メギィさん、私が言うのも変ですけど、この子を、リーマをお願いします」

 ヒーヒーに乗ったアイは空高く飛んで行ってしまった。

「アイさんとリーマ君の関係、やっぱり良いですね」

「あいつなら、大丈夫さ。でも、心配ないさ」

「メギィ様、リーマ様!」

 馬に乗った爺やとアンジェリカが駆けてきた。若い栗毛の馬を2頭連れている。

「なかなか良い馬を見つけてきてくれたな」

「ここからしばらく馬での旅です。最後に家へ寄っていきますか?」

「いいや、このまま行こう。旅支度は済ませてきた」

 4人は深い森を抜け、村を去り、5日後の夕暮れ時に帝都アーヘンへ辿り着いた。

 その後、父と和解したメギィは帝国騎士団へと戻り、騎士として帝都の警護を勤めつつ、近衛兵を目指して自らを磨くに日々を送った。

 リーマはその素性を怪しまれつつも、抜群な成績でアーヘンの大学に入学した。生物学と魔術を専攻し、ベニクラゲの研究に励む事になる。

 アイは寄り道をしながら、楽しく旅をした。海からリスボンへ向かう途中で飛行船とすれ違う事となる。港町リスボンで、東の国からの舶来品「カメラ」を手に入れ、後に職業写真家を目指すきっかけを得た。

 3人がいない間に、森の道の舗装工事は終わり、寒村は大きな町へと変わっていった。町に鉄道が敷かれて、駅ができるのは、それからさらに10年後の事である。

 

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