第1.5話 村の少年 リーマ

 

 村の少年リーマ、7歳は知らない大人たちに村の外れに連れて来られた。母親が隣の町へ出掛けて、父親のバーナードが山狩りに行っている間に連れて来られたのだ。

「お前、名前は?」

「リーマ」

「それだけか? お前の祖先神はなんて名だ?」

目つきの悪いこの男の名前はシウ・サルワ。リーマの住むレフトハンドの村やその隣町で幅を利かすゴロツキのボス格だ。6年前に廃止されたギルドの元構成メンバーで、拳と魔法の使い手であるが、ギルド消滅後に、素行の悪さから騎士にも兵士にもなれなかった男だ。

「祖先神? 知らない」

リーマの目の動きで、シウは心の動揺を見抜いた。ああ、嘘を付いていると。

「お前の事はよく分かった。この厄病神が!」

リーマの小さな体に膝蹴りを喰らわすシウ。シウの所業には、仲間達でさえ思わず躊躇する時があった。今日、これからする事がそれだ。

「シウの兄貴、本当にそいつを…そのやるのですか?」

「ああ、やるぞ。人買いがもうそこで待っている。このロアの残した厄病神を村から追いだすのは、アスランの仕事だ。実入りの良い慈善事業さ」

アスランとは、辺境北部を実質的に支配していたアスラン・ギルドの事を指す。支配地域の治安維持を名目に私的な税金を取り、酒場の経営や高利貸しまで営んでいたこの一大組織は、既に解散させられている。シウは時代に取り残された惨めな残党である。

 「サッサと乗れ、厄病神」

 リーマは馬車へと無理矢理、押しこまれた。中は薄暗いが小さな女の子が1人、静かにうずくまっていた。リーマの方を一度見ると、女の子はすぐに顔を背けてしまった。

 「じゃあな、お前の父さんには俺の方から伝えておくぜ。自警団長のお前の父さんの代わりに俺がロアの落とし子を追い払ったと」

 シウは外から鍵を閉めると人買いから報酬を貰い、すぐにどこかに行ってしまった

 「あなたも売られたのね、私も売られたの、家がなくて村の外れで寝ていたら、怖い人に連れられて」

 少女はリーマにそう言った。痩せているが、とても可愛い声をした綺麗な黒髪の女の子だ。

 「僕は家にいた時に、お母さんが呼んでいるって、僕はそんなわけないと言ったのに、無理矢理連れて来られた。僕はリーマ、そうだ、君の名前は?」

 「…シャトレーヌ」

 「ねえ、この馬車にずっと乗っていたい?」

 シャトレーヌは、首を横に振った。

 「リーマ、怖いよ、今すぐ出たいよ。でもここを逃げだしても、私には行くところがないの」

 リーマは少し考えてから言った。

 「それじゃあ、僕の家に来れば良い。僕も前は家がなかった、でも父さんと母さんに拾われた。きっと君も家族になれるよ」

 「うん!」

 シャトレーヌが初めて笑った。笑顔のシャトレーヌは、小さな女神のように輝いて見えた。

 「まずはここを出ようか」


 人買いの馬車は大きな通りを避けて移動していた。この国では奴隷制がなく、人買いは捕まれば死刑になる。だが、国境を抜けてユトランド国に入れば、問題はなくなる。人買いは、国境沿いの森の中に何本か存在する小道に詳しかった。

 ドン、車輪が道の窪みに嵌った。人が通らない道は雨が降るとすぐにぬかるむ。

 人買いは、馬車の中に男の子がいた事を思いだした。

 「おい、小僧。外に出ろ、仕事だ」

 鍵を開けるが出て来ない。ランプをかざし、中を覗くと少年も少女もいなくなっていた。なんと馬車の床に子どもが通れるくらいの穴が開いていた。そんな馬鹿な! 

 人買いが馬車に入り、穴の周辺に手を触れると皮膚が焼けて、激痛が走った。


 「おい、あいつ、あそこ歩いているの、バーナードの女房じゃないか? みんなで手を振ってみようぜ」

 「シウ、悪酔いが過ぎるぞ。それにそろそろガキが消えた事に気づかれる頃だ。村から逃げよう。その為の馬車の用意だろう」

 シウとその仲間達は、村で唯一の酒場で昼間から飲んでいた。

 「駄目だ。バーナードがどんな顔をするか見てからだ。あの2人が嘆き悲しむ様を早く見てみたい。あの奥さん、死ぬんじゃないのか、子どもがいなくなって」

 「シウの兄貴、相変わらず、ですね」

 カチャ、シウの後頭部に銃口が向けられた。

 「これは、これは自警団の皆さん、御揃いで」

 「お前ら、武器をテーブルに置いて、すぐに店から出て来い、心当たりはあるはずだ」

 シウは、ジョッキに入ったビールを一気に飲み干すと言った。

 「バーナード、おい、バーナード。後ろにいるのだろう。何の事かさっぱりだぜ」

 「カルロ、2歩下がれ。シウ、ゆっくり後ろを振り返ってみろ」

 シウが後ろを振り変えると、そこには人買いに引き渡したはずのリーマと見知らぬ少女が立っていた。

 「シウの兄貴、もうこりゃ駄目だよ。やっぱり早く逃げるべきだった」

 「そうだな、お前らはここで終わりだ。でも。俺は終わらねえ」

 シウは子分の懐に手を突っ込むと、革袋に入った金貨を引っ張り出した。

 「シウ、馬鹿な事は止せ」

 シウは銃口を掴み、自分の胸に近づける。シウはカルロを煽った。

 「撃てよ。さもなければ、殺すぞ。ほら、どうした?」

 カルロが銃の引き金を引こうとした瞬間、体に青い電流が走り、カルロは焼け死んだ。

 同時に店内で暴風が起き、シウの仲間も周りの客は立っていられなくなった。酒瓶やコップが舞い上がり、割れたガラスが店内に飛び散った。

 シウは、店から飛び出した。バーナードは、咄嗟に子ども達を庇うが、シウはもはやリーマを無視して走り去る。シウには、暴風雨の神サルワの血が色濃く流れていた。今までも、この神の力を使って、何をしても逃げ通せてきた。今度はもっと大きな町へ行き、名前も変えよう、そうだ、イースのような大都市が良い。そんな事を考えて、走っていると、右足が動かなくなり、村の通りを激痛で転げ回る事となった。

 「お前、なんでこんなのもの、持ってんの?」

 「このピストルなら店内で拾ったよ。あんまり頭に来て、拾ってつい、撃っちゃった」

 「つい撃っちゃったじゃない! 子どもが2度とそんな真似するな!」

 リーマから単発ピストルを奪うとバーナードは強くリーマを抱きしめた。

 「父さん、痛いよ」

 「男が痛いとか言うな! もう絶対に離さない、離さないぞ、リーマ」

 「父さん」

 こうして、リーマの初めての冒険は終わるのだった。だがこの事件はまだ終わらなかったのだ。

 

 

 

 

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