夏のひととき
霜月かつろう
第1話
「ねえ。なんでみんな一緒に海に来てるのだろうか?」
幼稚園に上がったばかりの息子は波と戯れるのが疲れたのか、砂浜で砂まみれになりながら、周りをぐるりと見渡したあとにそう言った。
確かに海開きが行われたばかりの海岸沿いは大勢の人で溢れている。それこそ、どこを見ても人、人、人だ。
「みんなって。みんなか?」
われなら柄素っ頓狂な質問をしているものだと思うが、息子には言いたいことが伝わったみたいで、これが親子なのかと思ったりもする。
「うん。みんな」
なるほど。息子から見たら通っている幼稚園児よりも多くの人間をいっぺんに見ているのだ。そういう感想が出てきてもおかしくはない。
「なんでだろうな」
正月といえば初詣。春といえば花見。夏といえば海。そんな感覚。特に深い意味なんてない気もする。強いていうのであれば暑いからか。熱した体を海で冷やすのは気持ちがいい。だからといってみんな一緒になってということにはならないが。
「わからんか」
幼稚園に通い始めてから妙な言葉遣いになってきたと思っていたが、一体だれがそんな言葉を使うのだ。
「海は危険だって聞いたのに。みんないる」
先生がそうなのだろうか。担当はおじいさん先生とかではないし、比較的若い先生が多かったと思ったけど、違うのか。園長と関わる機会が多いとも思えない。
息子が波にさらわれれば命がけだし、浜辺に毒クラゲが打ち上げられていることもある。夢中になってはしゃいでいる人たちに踏まれる可能性も、飛んできたビーチボールがぶつかる可能性だってある。
危険はたくさんだが、まあ気にし過ぎもよくない。
「気をつけていれば大丈夫だ。危険はたくさんあるが、それより楽しいだろ?」
「そう。楽しい。だからみんなも一緒に来たのだろう?」
少し驚く。そんな風に考えられるようになっているのか。子どもの成長は恐ろしく早い。うかうかしていたら、息子のほうが先に大人になってしまう。
難しく考えすぎていたのかもしれない。みんな楽しいから一緒に来たのだ。それで良いじゃないか。
「人は強欲なものだからな、自らの欲望を律することはできない」
こんどはギョッとする。
「それ誰かが言ってたのか?」
そうであってほしいと願う。いくらなんでもそんな達観した、境地に幼稚園児にしてたどり着かないでもらいたい。
「うん。園長先生が」
子どもになんてことを教えてくれているのだ。その妙な喋り方もきっと園長先生が原因に違いない。
「意味わかるのか?」
「楽しいことは我慢できないってことでしょ。仕方ないよね」
しっかりしていられる。こりゃ思った以上に、大人だ。まいったとしか言えない。
「海。楽しいね」
子どもっぽい表情に多少であるがホッとする。話をしながら作り上げている砂の城のクオリティに驚くのはもうすぐのことだ。
やっぱり、子どもがおとなになるのは早い。
夏のひととき 霜月かつろう @shimotuki_katuro
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