Episode 97「反応」

◇『不死竜』ギルドハウス◇




「おぉぉ……!」


 鏡に映る姿。

 それが自分の姿だとわかっていても、目を奪われてしまうほどの美少女が、そこにはいる。

 

 膝辺りまである、紫色をしたツヤツヤな髪の毛。

 これも紫色の、透き通った眼。

 そして、少し伸びた爪も、薄く綺麗な紫色。


 顔立ちや肌は、ポイズンドラゴンの時とあんまり変わらない。

 変化した部分を一言で言えば、黒から紫になった。それだけ。

 それだけなんだけど、それでも何か、違うものを感じる。

 なんだろう……髪の毛が心なしか光ってるように見えるけど、これが関係してたりするのかな。


 と、まじまじ鑑賞すること30分。

 帰って来るのが遅いと感じたのか、ジニさんからのメッセージが一件。

 あ、すっかり忘れちゃってたよ……。

 というか、もう帰ってますけどね。


 よし、この姿のまま部屋を出てみよう。

 ジニさんが見たら、どんな反応をするか……。


 少しだけ恥じらいはある。

 だけど、こんなの慣れたもの。

 特に、スノウちゃんの大袈裟な反応のおかげで。

 

 なんてことを考えつつ、ドアノブに手を掛けた。







「ツユちゃん……髪、染めたの?」


 第一声がそれだった。

 ちょっとガッカリ……なんてしてない。

 断じてしてない。

 と心の中で言いわけをしていると、ジニさんが何やら分析をし始めた。


「あぁ、なるほど。もしかして、それが噂の進化ってやつ?」

「え? あ、はい」

「すごいねぇ、めっちゃ綺麗だよ」

「……っ。――ど、どうも」

「あ、照れた? 今、照れたでしょ」

「て、照れてません」


 興味ないと思わせたところで、いきなりの「綺麗だよ」。

 これ、落としてきてますね。

 何を落としてきてるのかって? それはご想像にお任せします。


「にしても驚いたよ。いきなり髪色が紫になっちゃってたんだもん」

「自分でもそう思います」

「ん? てか、なんか光ってない?」

「あー、多分、吸収進化で進化した結果で――――」


 その後、今の姿や、前の姿、他にも竜体化などについて説明をした。

 終始驚いた声ばかり出すジニさんに、私が良い気分になっていたのは一生の秘密。



 説明を終えた後は、思い出したように釣りをしに行こうと提案した。

 釣りのスポット選びは、ジニさんに任せてと言われていたので、今からそこに行くことにした。


 吸収進化を試したおかげで、予定よりもかなり時間が遅れちゃったけど、まあ問題ないよね。

 だって、夏休みなんだもん。


 ……ジニさんには申し訳ないと思ってるけど。




◇ ◇ ◇




◇二層・水龍海◇




 その昔、嵐で海は荒れ、突如出現した巨大なクラーケンが暴れだした。

 そして、その近くにあった国は滅亡の危機に追いやられた。

 ところが、その海の守り神である水龍が、気紛れによるものか、水上に姿を現し、一瞬にして嵐もクラーケンも沈め、再び海の底へと潜っていったという。

 その時代から、国の人々はそれに敬意を表し、海の名を『水龍海』と名づけた。


 という設定が、この海にはあるらしい。

 別に、私はそんなのに興味は無いけど、どうやらジニさんは興味津々らしい。

 クラーケンの触手イベントがあるかも、とか、もしかしたら水龍を釣れるかも、とか。

 起こり得るはずのない淡い期待を抱いている。


 いや、もしかしたらそういうイベントもあるかもしれないけど……。

 というか、触手イベントってなんだろう?

 うーん、私はまだ、知らないことだらけだなぁ。







 この海では釣りをする場合、二つの選択肢がある。

 一つは、堤防で釣るか。

 一つは、ボートを借りて海の上で釣るか。

 

 その説明をされた時、私はもちろん堤防を選択した。

 だって怖いじゃん。

 海の上、周りには誰もいない、そんな状況でボートがひっくり返ったりすれば……うん、確実にゲームオーバーだね。


 だと言うのに、ジニさんは問答無用でボートを選んだ。

 当然、私も一緒に。

 

 そして現在、早くも水龍海の上で、私はあたふたしながら周りを見回しています。

 ああ、堤防がもうあんなに遠くの方に!


「もー、ツユちゃってば心配し過ぎ。大丈夫だって。意図的に落ちたりしたり、そういうイベントが発生でもしない限り、このボートがひっくり返るなんてことはまずないから」

「そんな自信、どこから出てくるんですか……」

「え? ああ、ごめん。説明が足りなかったかな?」

「……?」

「そういうシステムなの。漕がなくたって到着地点を設定しておけば勝手に進むし、波のせいで落っこちちゃうなんて心配もない」

「え。……システム?」

「そ。システム」


 あれ?

 システムってことは……


「このボートがひっくり返ることは無いんですか?」

「さっきからそう言ってるんだけどなぁ……」


 ひっくり返らないってことは、私が海に落ちるなんてことも無くて。

 もっと言えば、海の上で迷うなんてことも無くて。

 

 なんだ、それなら怯える必要なんてないじゃん!


「もうジニさん、それならそうと早く言ってくださいよ!」

「んー、最初に説明したと思ってたんだけどなぁー……」

「? そんなこと、一切聞きませんでしたよ?」

「あれ、そうだっけ? めんごめんご、忘れちゃってた」

「えぇー……しっかりしてくださいよ」


 肩をすくめる私。

 どこ吹く風と、釣りの準備に取りかかるジニさん。

 ダメだ。そもそも、この人とまともに付き合っていけるなんて思ってたのが間違いだったんだ。

 あ、いや、よくよく考えてみれば、この人とまともに付き合っていけるなんて思ったことすら無いような……。

 はい、やめましょう。

 この話はおしまいです。


 さて、余計なことは忘れて、お楽しみの釣りタイムといきましょう。そうしましょう。

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