Episode 93「トットさん」

 床に膝を着いて、頭を下げて、まさに従来の家来のような格好になるトット(仮)さん。

 その後ろで、お腹を抱えてクスクスと笑う、ジニさん。


 ジニさん、あなたやってくれましたね。

 

 私がFLOで苦手意識を強くしているプレイヤー、いや、組織。

 それはこの人のような――いわゆるファンクラブ上位階級のプレイヤー。

 出会ったら最後、私を巻き込んで公然の面前で羞恥を晒す、そんな厄介集団。それが、ギルド『TFP』。


 私をけなす人がいれば文句を言うくせに、出会いがしらに平気で私に恥をかけるプレイヤーの集団。

 人を悪く言うのは気が引けるけど……この人たちを相手に、優しさなんてものは要らない。

 いやむしろ、優しいを言葉をかけなんてすれば、たちまち「ありがたき幸せ! この御恩、一生忘れません!」とかなんちゃらかんちゃら言って、高価なアイテムを渡してくる。当然受け取らないけど。


 それを見た周囲の反応は、笑ったり、蔑んだり、もしくは一緒になって頭を下げてきたり。

 もう、ほんとのほんと、この人たちには良い思い出が全く無い。

 そんな人の工房に、私に何も教えず連れて来たジニさん。やってくれましたね。


「ツユ様、本日はどのようなご用件でしょうかッ!?」


 この人は一応、私がカジノで困っている時に助けてくれたっていう恩がある。

 まあ、その結果、変な勢力が生まれてしまったというのが大問題だけど。

 それでも、助けてくれた心優しい人なのには変わりない。はず。ですよね?

 だから、買い物くらいはしよう、うん。

 早く済ませて、早く出よう。

 その後で、ジニさんに文句を浴びせるほど言おう。うん、そうしよう。







「ツユ様、何をお探しでしょうかッ!?」


 い、いちいちうるさいです……。


「えっと、釣り竿を……」

「ハッ、畏まりました!」


 畏まらなくていいです。

 いえ、畏まらないでください。

 なんて、言えるはずもなく、トットさんは大急ぎで店の奥の工房に、あるだけと言った量の釣り竿を持ってきた。

 その間、約5秒。迅速な対応と言える。

 別に嬉しくなんかないけどさ……。


「こちらなんかがオススメですッ!」


 と言って、差し出すのは二本の釣り竿。

 ずっとこの調子なのもそろそろ慣れてきた。

 なのでとりあえず、差し出された釣り竿を受け取って、それに視線を向ける。


『(SSR)精霊樹の釣り竿』

『(SSR)操水の釣り竿』


 おお、どっちもSSRだ。

 ジニさんの説明からして、実力は確かなんだろうなとは思ってたけど、いくら探しても見つからなかったSSRの釣り竿を、あっさりと、しかも二つも持ってくるなんて。これには流石に、凄いと思わざるを得ない。

 ステータスを見ると、精霊樹がDEX=320、燥水がDEX=360と、どっちも高め。

 ただ、アイテムが違うと、当然能力はそれぞれ違ったものになる。

 

 精霊樹の釣り竿は、レアだったり、ヌシだったり、そんな貴重な魚がかかりやすくなる。

 燥水の釣り竿は、水を操るとかなんとか言われているっていう設定のアイテムで、釣りスキルの威力が大幅に増加。かつ、一度に釣れる魚の数が増える確率が高くなるんだとか。


 精霊樹の方は、レア魚向け。

 燥水の方は、釣りという行為自体に長けている。


 レアな魚は、装備の素材にもなるらしいし。

 けど、私のステータスはDEXが低くて、釣りに適しているとは言えない。

 後者は、フレアさんに頼んでいる装備を着ればなんとかなるかもしれないけど、それでもあんまり過信しすぎるのは良くないと思う。

 

 さて、どっちを買うか……。

 あ、両方とも買うっていう手段もあるのか。

 その場合、お店によっては買い占め禁止とかあるかもしれないけど……まあ、聞くだけ聞いてみるかな。


「これ、二つとも買うっていうのは――」

「ほ、本当ですかッ!? 勿論、二つとも喜んで差し上げますとも!」

「あ、そうですか」


 うん、聞くまでも無かったみたいだけど。


「それじゃあ、これ買います。えっと、お値段は?」

「いえいえ、差し上げます」

「そうですか……って、え?」


 あれ? この場合の差し上げるとは、売る、ではなく、タダで上げる、に聞こえるんですけど。

 でも、値段の質問に答えなかったってことは、そういうことだよね?

 いやいやいや、たとえそうだとしても、まさか売り物を無料で貰うなんてことはしない。

 というか、したくない。


「いえ、ちゃんと払います。これは売り物ですから」

「いえ! どうせ釣り竿を買うプレイヤーなんていないので!」

「だとしてもです」

「そんな! ツユ様に代金を受け取るなど――いちファンとしての恥ッ!」

「えぇ……」


 恥って……売り物なんだから、お金を払うのが当然なんですけど?

 というか、このままタダで受け取っちゃったら、むしろ私の恥だよ。

 売り物はお金を支払って買う、これ常識。

 なので、ここで私が引き下がるわけにはいかない。人として。


「ダメです。売り物はお金を支払って買うものなのですから」

「いえ! それは一般常識であり、ツユ様には関係のないことです!」

「いやありますから! ないわけないじゃないですか!」

「いえ! ないわけないわけないです!」


 ダメだこの人、もうどうしようもないよ。

 ていうかジニさん、あなたもなんか言ってくださいよ、ずっと笑ってないで。


「絶対に払います。いくらですか?」

「いえ! そのようなわけにはいきません!」



 こうして、私とトットさんの小競り合いは小一時間ほど続いた。







◇『不死竜』ギルドハウス◇




 勝った。

 いや、勝ったと言うより、逃げたと言った方が良いかもしれない。

 でも、負けたわけじゃない。


 小一時間ほど続いた小競り合いに終止符を打つべく、私は最終的に折れ、釣り竿を受け取った。

 ――ように見せかけて、トットさんが見ていない隙に、カウンターに20ゴールドを置いておいた。


 とりあえず余分に置いておいたけど、もし足りなくても文句は言われまい。

 いや、文句を言ってくるようなら、普通に足りない分は払うけど。

 ただ、今重要なのは、お金を払ったか払っていないか。そこにある。

 そして私は払った。


 これで、私の人としての威厳も保たれて、一安心。

 そして、もう二度とあの工房には近づくまいと心に誓うのだった。

 






 と、思っていたら、その日の内に、事務所の方にトットさんから私宛のプレゼントが届いていた。

 中身は40ゴールドだった。

 ちゃんと送り返しておいたけど。






――【ツユ】――

・個体名「竜人・ポイズンドラゴン」

・LV「28」☆

▷MONEY「23,156,380」

▷CASINO「0」

――【STATUS】――

・HP「3900/3900」

・MP「3900/3900」

・SP「3900/3900」

・STR「2340」(660)

・VIT「2340」(1160)

・INT「2340」(160)

・DEX「2340」(350)

・AGI「2340」(470)

・LUK「2340」(50)

――【WEAPON】――

▷両手「白龍鱗のショットガン」

▷右手「道化師のナイフ」(納刀中)

▷左手「道化師のナイフ」(納刀中)

――【ARMOR】――

▷頭「毒龍のヘルム」

▶手

 ▷右「毒龍のガントレット」

 ▷左「毒龍のガントレット」

▷胸「毒龍のアーマー」

▷腰「毒龍のスカート」

▷足「毒龍のブーツ」 

▷その他

 「毒龍のマント」

 「毒龍の心臓」

――――――――

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