君の想い人は俺じゃない
好きな天気は快晴
第1話
俺はきっと恋をしている。レナと一緒にいると何をしていても楽しい。小さな村で家は隣同士。生まれたときから12年間ずっと一緒にいるけど飽きない。これを恋と言わずして何と言う。
今日もいつものように親父に稽古を付けてもらってからレナと遊びに行く。と言っても、村からすぐの森でテキトーに話しながら体を動かしているだけだ。
「ねえグレン、魔法見せてよ。また新しいの覚えたんでしょ?」
「おういいぜ! 風起こしの魔法だ。やっぱ俺って天才なのかなー」
この村で魔法が使えるのは村長と俺だけ。たまに村長のところに行って簡単な魔法を教えてもらっている。レナは魔法が使えないからいつも俺を羨ましそうに見ていて、今みたいに魔法を見せてってねだってくることもよくある。俺が新しい魔法を覚えたときなんかに多い。
風に揺れる金髪に視線が吸い寄せられる。やっぱり俺、こいつのこと好きなんだなー。無意識のうちにレナを目で追ってしまうことが最近は多くなってきたと自分でもわかっている。でも告白はしない。だって、告白をするまでもなくレナも俺のことが好きなのが伝わってくるし、いずれレナと結婚することも決まっているからだ。親父とレナの父さんがそういう話をしていたのを聞いた。もちろんその時レナも一緒にいた。顔を赤らめてあたふたしていたのがかわいかった。思えばあの時にレナを初めて異性として認識したのかもしれない。
日が傾いてきて村に戻ろうとしたとき、遠くから大勢の足音が聞こえてきた。村に近づいていくと、それがいつの間にか、足音から人の悲鳴や金属のぶつかり合う耳障りな音に変わっていた。どう考えてもよくないことが村に起こっている。案の定、村の中に足を踏み込んだ俺の目には信じられない光景が映っていた。
重厚な装備を身に纏った兵士が村人を切りつけている。何人かの村人は応戦しているが全く歯が立っていない。いや、一人だけやりあえている人がいた。親父だ。
「ね、ねえ……どういうこと」
「――ッ!」
あまりにも悲惨な状況を前にして体が固まってしまっていた。早く逃げないと。
「逃げるぞ!」
「た、助けないと……」
「そんなこと言ってる場合じゃない! 現実を見ろ!」
この状況に追いついていないのか、動けないでいるレナの腕を掴んで無理やり村の外に連れていく。確かこっちの方向に進めば領都に着くはずだ。親父が友人に会うとか言って領都に行ったときに俺も連れていかれたから知っている。
「おい! ガキがいたぞ! 逃がすな!」
まずい。まずい。まずい。このままだと死ぬ。
「え、グレン……? どこ行くの?」
「レナはこの方向にまっすぐ行け。近くはないけど、いずれ領都に着く。何とか生き延びてくれ」
「グレンは……」
「俺のことなら心配すんな。ちょっとあいつらを挑発して、頃合いを見て逃げるから」
だから、そんな顔しないでくれよ。これが今生の別れかのようなそんな絶望した顔をしないでくれ。
俺の決心が揺らいでしまうから。
「走れ!」
俺の声と共にレナは走り去っていく。その顔は涙なのか鼻水なのかよくわからない液体でびしょびしょだったけど、相変わらずかわいかった。
「ばーかばーか。俺はお前らみたいな雑魚に捕まんないよー」
レナが逃げた方向とは逆の方向に走る。程度の低い煽りに反応した兵士たちは俺を追いかけてくるが、この森に慣れていない奴らはなかなか俺との距離を縮めることができない。レナが追いかけられても困るので、たまに煽りながら逃げていく。
クソ! 逃げる先にも兵士がいる。挟まれる形になってしまった。村の周辺を探索していたようだ。レナの逃げた先にいないだろうな。
「ハァハァ、やっと追い詰めたぞこのクソガキ!」
追いかけてきていた兵士の一人が声を荒げている。重厚な装備で走っていたためか、息も絶え絶えだ。
「風起こし!」
風起こしで辺りに落ちている葉を巻き上げる。今の季節は落ち葉が多い。さらに、日も完全に沈んでいて、明かりのない森の中で落ち葉を巻き上げれば兵士からは俺の姿を視認しにくくなるはずだ。
「クソ! 魔法が使えるのか!」
案の定兵士たちは俺の姿を見失ったようで、その隙をついてその場から逃げ出す。すれ違いざまに腰にぶら下げた木刀を引き抜いて近くの兵士の股間に叩きつけ戦力を減らしておく。
これで撒くことができたはずだ。レナを追いかけないと。
遠回りをしてレナの逃げ去った方向に走り出す。遠くからはさきほどの兵士たちの声が聞こえてくるが、距離的に一安心だ。そう思って油断していたから気が付かなかった。
「おうおう。俺の部隊をコケにしてくれたみたいじゃねえか」
「うがっ……」
いったいどこから現れたのか。俺の頭を鷲掴みにして持ち上げた大男は、俺を見て口角をこれでもかと釣り上げる。
「お前、魔法使えるんだなぁ」
「グフッ」
大男に腹を思いっきり殴られたと思ったら、目の前が暗くなる。
「有効活用してやる。殺さなかったこと感謝しろよ」
◇
「よぉ、目が覚めたか」
目を開けると、そこは石畳みの床に前方が鉄格子で覆われた暗い部屋の中だった。牢屋だ。俺の足は鎖で地面とつながっている。鉄格子の向こう側に座っているのは俺の腹を思いっきり殴った大男だ。
「……どういうことだよ」
「あぁん? 何が聞きたいのかよくわからねえなぁ」
「俺をどうするつもりだって聞いてんだよ!」
「あぁ、そういうことか。安心しろ。殺しはしない」
殺しはしない。そういえば意識を失う直前、有効活用するとか言っていたような。
「お前は兵士になったんだ。このアンベシル公国のな」
「はぁ? 誰が兵士になるか」
「お前に決定権はねぇよ。腕を見てみろ」
腕? ……なんだ? この跡。
「隷属魔法だ。お前は公国の言うことを聞くしかない」
「なっ……隷属魔法!?」
聞いたことがある。隷属魔法をかけられた者は使用者の命令に逆らうことができず、反抗なんてしようものなら死んだ方がマシなレベルの痛みが襲ってくるという。俺の住んでいたオキデンシス王国では、その魔法を使った者は死刑に処される。
「お前は魔法が使えるし、身体能力もガキにしてはかなり高い。だから殺さずに公国の兵士として育てることにした」
その大男の言うことは本当だった。拘束を解かれた俺はボロボロの狭い部屋に移され、隷属魔法の術者だという頭頂部が禿げ上がったおっさんに命令された。
『お前は今から公国の兵士だ。ランベルトのもとで厳しい訓練を受けるように。ランベルトの言うことは私の次に優先して聞きなさい』
ランベルトというのはあの大男の名前だ。あの大男はオキデンシス王国との国境付近に駐在している部隊の隊長らしい。
そして現在、俺は訓練の真っ最中だ。大男のサンドバッグになっているこの状況を訓練と呼んでいいのか、議論の余地はあるが。
拘束が解かれてから2週間。毎日同じような訓練だ。朝から昼過ぎまで大男にボコボコにされ、その後は部屋で魔法の勉強をさせられる。ハゲと大男以外の兵士とは話したことがない。食事が三食しっかりと出ることだけは良心的だった。まあ、俺を兵士として利用するために栄養をしっかりと与えているだけなのだが。
公国と王国の関係も教えられた。アンベシル公国軍が俺の村を襲撃したのはオキデンシス王国に対する挑発だったらしい。現在王国軍も国境付近まで近づいていて、睨み合いが続いている。本来、公国は王国に圧倒的に戦力的な面で劣っているのだが、王国は複数の国と接しているのに対して、公国が接しているのは王国のみ。王国は戦力の一部しか動かせないのに対して、公国はほぼすべての戦力を動かせる。だから公国は強気に出られる。
◇
食事訓練食事訓練食事勉強の毎日が続くこと6年、俺はいまだに前線に呼ばれていない。ランベルト曰く、俺はすでに近接戦闘だけでも部隊長級の実力があるらしい。
いつものように訓練の支度をしていると外が騒がしくなってきた。剣を腰に下げて外に出る。俺の目には6年前と似たような光景が映っていた。王国軍が攻め込んできたのだった。
なぜ? 王国は強国だが、こちらに攻め入るほどの兵を動かせば他国からの守りが薄くなる。だから攻められることはないとランベルトは言っていた。
「グレン! なにグズグズしてやがる!」
ランベルトも騒ぎに気が付いて出てきたようだ。すでに王国軍は目と鼻の先まで迫ってきている。俺やランベルトは最も奥にある兵舎で寝泊まりしているから、ここまで来たということは公国軍の兵の多くはすでに戦闘に入っているはずだ。
戦わないと――戦わ、ない、と――た――
――なぜ? 俺はなぜ王国軍と戦わなければならない? 俺の敵は公国で、目の前にいる大男のはずだ。
こちらに目も向けず、俺に背を預けている大男に切りかかる。6年間ひたすら磨き続けた剣技。最初こそサンドバッグ状態だったが、2年も経つ頃にはちゃんと訓練らしくなっていた。
俺に裏切られた大男は、地面に倒れ伏す。大男は驚愕に目を見開いていた。
「な、なんで、グレン……まさか……魔法が……」
魔法? ああ、ああ。思い出した。なんだか今は頭が冴えていると思っていたが、そうか。隷属魔法が解けたのか。てことはあのハゲ、死んだんだな。
俺は気付かないうちに王国を敵、公国を味方と思いこまされていた。隷属魔法には洗脳のような効果もあったのだろう。しかし、使用者が死亡したことでその効果が切れた、と。
「なぜ仲間を……いや、どうでもいい。武器を下ろせ!」
王国の兵士が俺の奇行ともとれる行動に警戒心を強め、複数で囲んでくる。俺は大男の血で濡れた剣をその場に捨て両手を上げる。
「怖がらないでください。俺は王国の味方です。こんな姿では信じられないかも知れないですけど」
「なら、おとなしく拘束されてくれ」
王国の兵士はおそるおそる近づいてくる。俺の両手は縄できつく縛られ、王国軍の基地に連れていかれた。
「団長!」
基地内に入ると、俺を連行してきた兵士たちの一人が上司を呼ぶ。
「どうした? 捕虜は要らないと言ったはずだが」
団長と呼ばれた男は俺のことを捕虜だと思ったのだろう。
「いえ、この者は公国の部隊長を討ち王国の味方だと言うのです。この者の処遇に関して伺いに来ました」
「俺は王国の味方だ。左腕の袖を捲ってみてくれ。奴隷紋があるはずだ」
「奴隷紋? ……本当だな」
「じゃあなんだ。お前は隷属魔法で命令されていたが、術者が死亡したことで解放されたと?」と、男は言う。察しが良くて助かる。
「ああ、6年前、俺の村は公国の兵士に襲撃された。その時に奴隷として公国に連れていかれて隷属魔法をかけられたんだ」
「まて、6年前? ……………………お前、グレンか?」
え。なんで俺の名前を知っているんだ。こんな人と会ったことなんて一度もないはずだが。
「父親の名は?」
「オリバー」
「母親は?」
「セイナ」
俺の両親の名前を知るや否や、男は俺を抱きしめた。何が起こっているのか王国兵はわかっていない。もちろん俺もだ。
「そうか、生きてたのか。よかった」
男は力強く抱きしめてくる。鍛えている俺でもちょっと苦しくなるくらいだ。一般人なら圧死しているぞ。
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